次に、図面を参照しながら、本開示の発明を実施するための形態について説明する。
図1は、本開示のSOC推定方法が適用されるリン酸鉄リチウムイオン電池を含むバッテリ1を搭載した車両Vを示す概略構成図である。同図に示す車両Vは、バッテリ1に加えて、インバータ等を含む電力制御装置(図示省略)を介してバッテリ1に接続されると共に当該バッテリ1と電力をやり取りして走行用の動力や回生制動力を出力可能なモータジェネレータ(三相交流電動機)MGを含む電気自動車(BEV)あるいはハイブリッド車両(HEV、PHEV)である。
バッテリ1は、例えば直列に接続される複数の電池モジュールを含む電池スタックと、当該電池スタックを収容するケースとを含む、いわゆる高電圧バッテリであり、各電池モジュールは、例えば直列に接続されると共にモジュールケース内に収容される複数の電池セル2を含むものである。電池モジュールを構成する電池セル2は、本実施形態では、LiFePO4であるオリビン型の結晶構造を有するリン酸鉄リチウムにより形成された正極(LiFePO正極)と、黒鉛系炭素材料等により形成された負極とを含むリン酸鉄リチウムイオン電池であり、正極および負極は、セパレータや有機溶媒等である電解液と共に外装体の内部に収容される。
図2は、実験により得られた、リン酸鉄リチウムのリチウム組成x(LixFePO4における“x”)と、LiFePO正極のOCV(開回路電圧)との関係を示す図表である。同図に示すように、リン酸鉄リチウムイオン電池が充放電される際、LiFePO正極では、Li-rich相と、Li-poor相と、当該二相が共存する領域とが存在する状態で反応が進行する。また、LiFePO正極のOCVは、図示するように、Li-rich相側のスピノーダル点と、Li-poor相側のスピノーダル点との間でリチウム組成xの減少に概ね比例して減少し、2つのスピノーダル点間の電圧差は、およそ20mVとなる。更に、2つのスピノーダル点の平均電圧(Li-rich相およびLi-poor相の共存相における平衡電圧)は、およそ3.43Vとなる。
ここで、メモリ効果や経路依存性、電圧ヒステリシスといったLiFePO正極の特異な挙動(分極挙動)を考慮して、LiFePO正極が互いに電子的およびイオン的に接続された粒子半径の異なるN個の球状粒子により構成(形成)されると仮定する多粒子モデル(Many-Particle Model)を導入した場合、図2より、複数の粒子の各々のリチウム組成xから各粒子のOCVを得ることができる。また、LiFePO正極の反応による過電圧が発生すると、当該LiFePO正極を構成する複数の粒子の各々は、リチウム組成に応じた過電圧ηjをもつ(ただし、“j”は、1からNまでの整数である。)。更に、過電圧ηjは、リン酸鉄リチウムイオン電池の充放電時におけるLiFePO正極の反応による過電圧を“ΔVMPM”とし、図2から得られるj番目の粒子のOCVを“OCVj”とし、上記2つのスピノーダル点の平均電圧を“VAVE”とすれば、次式(1)のように表され、N個の粒子の過電圧ηjの平均値は、過電圧ΔVMPMに一致する。
また、過電圧ηjをもったj番目の粒子の電流密度を“ij”とすれば、電流密度ijは、次式(2)のように表され、LiFePO正極に印加される電流の推定値すなわちリン酸鉄リチウムイオン電池の推定電池電流を“Iapp”とすれば、推定電池電流Iappは、次式(3)のように表される。ただし、式(2)において、“F”は、ファラデー定数であり、“k”は、反応の速度定数であり、“cj”はj番目の粒子のリチウムイオン濃度であり、“ce”は、電解液のリチウムイオン濃度(本実施形態では、予め定められた一定値)であり、“cmax”は、活物質中の最大リチウム濃度であり、“R”は、気体定数であり、“T”は、電池温度(電池セルの温度)であり、陽極反応および陰極反応の電荷移動係数は、0.5である。また、式(3)における“Sj”は、j番目の粒子の表面積であり、j番目の粒子の粒子半径を“rj”とすれば、Sj=4πrj
2である。これにより、図2に示すリチウム組成xとLiFePO正極のOCVとの関係と、多粒子モデルとを利用することで、メモリ効果や経路依存性、電圧ヒステリシスといったLiFePO正極の特異な挙動を考慮したリン酸鉄リチウムイオン電池の推定電池電流Iappを算出することができる。
一方、リン酸鉄リチウムイオン電池の充放電時におけるLiFePO正極の反応による過電圧ΔVMPMは、リン酸鉄リチウムイオン電池(電池セル)の充放電時における電圧“V(t)”とし、リン酸鉄リチウムイオン電池のOCVの前回値を“OCV(t-1)”とし、電解液の塩濃度過電圧を“dVdce”とし、リン酸鉄リチウムイオン電池の充放電時における電流を“I(t)”とし、リン酸鉄リチウムイオン電池の内部抵抗を“Rd”とすれば、次式(4)のように表すことができる。また、式(4)における電圧V(t)および電流I(t)としては、それぞれ実測値(測定値)を用いることが可能であり、塩濃度過電圧dVdceは、次式(5)に基づいて算出することができる。
従って、リン酸鉄リチウムイオン電池のOCVの前回値OCV(t-1)を得ることで、式(4)からLiFePO正極の反応による過電圧ΔVMPMを容易に算出することが可能となる。また、上述のように、図2に示すリチウム組成xとLiFePO正極のOCVとの関係と、多粒子モデルとを利用することで、LiFePO正極の特異な挙動を考慮した推定電池電流Iappを算出することができる。これらを踏まえて、本実施形態では、LiFePO正極のOCVに関して当該LiFePO正極の反応(分極)が無視され、図3(a)に示すように、LiFePO正極のOCVは、SOCに拘わらず上記平均電圧VAVE(一定値)になるとみなされる。そして、本実施形態では、当該平均電圧VAVEからリン酸鉄リチウムイオン電池の負極のOCV(図3(b)参照)を減じることにより、図3(c)に示すようなSOCとリン酸鉄リチウムイオン電池のOCVとの関係を規定する第1マップが用意され、当該第1マップからリン酸鉄リチウムイオン電池のOCVの前回値OCV(t-1)が取得される。
なお、本実施形態では、多粒子モデルにおける粒子の総数Nは、例えば200個から2000個であり、粒子半径の平均サイズは、例えば100nmであり、粒子半径は、標準偏差が例えば80nmの対数正規分布で分布するものとした。また、多粒子モデルでは、LiFePO正極を形成する複数の粒子の重心がリン酸鉄リチウムイオン電池のSOCに対応し、複数の粒子の重心に応じたSOCとLiFePO正極のOCVとの関係も、図2に示すものと同様の特徴を有するものとなり、2つのスピノーダル点間の電圧差がおよそ20mVとなり、かつ2つのスピノーダル点の平均電圧がおよそ3.43Vとなる。更に、多粒子モデルでは、SOCごとに粒子の分布状態が複数存在し得ることから、高SOC域および低SOC域では、正極のOCVが20mV程度の幅をもつことになる。従って、多粒子モデルにおいても、リン酸鉄リチウムイオン電池のSOCの変化に対するLiFePO正極のOCVの変化率は高SOC域および低SOC域以外の広い範囲で非常に小さくなり、SOCとOCVとの関係からリン酸鉄リチウムイオン電池のSOCを精度よく推定することは困難となる。
続いて、図4および図5を参照しながら、バッテリ1に含まれる各電池セル2のSOCを推定する手順について詳細に説明する。図4は、バッテリ1を管理するために車両Vに搭載された電子制御装置10(以下、「ECU10」という。)により実行されるSOC推定ルーチンの一例を示すフローチャートである。図4のSOC推定ルーチンは、車両Vがシステム起動されている間にECU10により例えば10-100msおきに繰り返し実行される。
図4のSOC推定ルーチンの開始に際して、ECU10は、まず、変数mすなわちバッテリ1に含まれる複数の電池セル2の番号を値1に設定する(ステップS100)。また、ECU10は、図示しない電圧センサにより測定されたm番目の電池セル2(以下、「電池セル2m」という。)の電圧(端子間電圧)の今回(現在)の測定値V(t)、図示しない電流センサにより測定された電池セル2mの電流の今回(現在)の測定値I(t)、塩濃度過電圧dVdce、電池セル2mのOCVの前回値OCV(t-1)、電池セル2mのLiFePO正極が複数の粒子により構成されると仮定したときの各粒子のリチウム濃度の前回値Cj(t-1)、図示しない温度センサにより検出された電池セル2mの温度Tといった当該電池セル2mのSOCの推定に必要な情報を取得する(ステップS110)。塩濃度過電圧dVdceは、上記式(5)に基づいて別途算出されたものであり、電池セル2mのOCVの前回値OCV(t-1)と、各粒子のリチウム濃度の前回値Cj(t-1)は、SOC推定ルーチンの前回実行時に算出されたものである。
次いで、ECU10は、上記式(4)に従って、ステップS110にて取得した電圧および電流の測定値V(t),I(t)および塩濃度過電圧dVdceに対応したLiFePO正極の反応による過電圧ΔVMPMを算出する(ステップS120)。また、ECU10は、ステップS120にて算出した過電圧ΔVMPMと、ステップS110にて取得したリチウム濃度の前回値Cj(t-1)と、図5に示す第2マップとを用いて、多粒子モデルにおける複数の粒子の各々の過電圧ηjを算出する(ステップS130)。ステップS130において、ECU10は、リチウム濃度の前回値Cj(t-1)に基づいて各粒子のリチウム組成xj(=Cj(t-1)/Cmax)を算出した上で、第2マップからリチウム組成xjに対応した基準電圧を取得する。図5に示す第2マップは、図2に示すリン酸鉄リチウム(LixFePO4)のリチウム組成xとLiFePO正極のOCVとの関係を平均電圧VAVEが0ボルトになるようにオフセットすることにより作成されたものである。すなわち、第2マップから取得される基準電圧は、各粒子のリチウム濃度の前回値Cj(t-1)に基づくリチウム組成xjに対応したOCVjから平均電圧VAVEを減じたものに相当する。更に、ステップS130において、ECU10は、取得した基準電圧を過電圧ΔVMPMから減じることにより多粒子モデルにおける複数の粒子の各々の過電圧ηjを算出する。
ステップS130の処理の後、ECU10は、上記式(2)に従い、ステップS110にて取得した過電圧ηjとリチウム濃度の前回値Cj(t-1)と温度Tとに基づいて多粒子モデルにおける複数の粒子の各々の電流密度ijを算出する(ステップS140)。更に、ECU10は、上記式(3)に従い、ステップS140にて算出した各粒子の電流密度ijと各粒子の表面積Sjとに基づいて電池セル2mの推定電池電流Iappを算出する(ステップS150)。そして、ECU10は、算出した推定電池電流Iappを電池容量Cで除した値をSOC推定ルーチンの前回実行時に算出した電池セル2mのSOCである前回値SOC(t-1)に加算することにより、電池セル2mのSOCの今回値SOC(t)を算出する(ステップS160)。
また、ECU10は、図3(c)に示す第1マップから電池セル2mのSOCの今回値SOC(t)に対応した電池セル2mのOCVの今回値OCV(t)を取得する(ステップS170)。更に、ECU10は、次式(6)に従い、ステップS140にて算出した電流密度ijに基づいて各粒子のリチウム濃度の変化量∂Cj/∂tを算出すると共に、算出した変化量∂Cj/∂tをSOC推定ルーチンの前回実行時に算出されたリチウム濃度の前回値Cj(t-1)に加算して各粒子のリチウム濃度の今回値Cj(t)を算出する(ステップS180)。ただし、式(6)において、“Vj”は、 j番目の粒子の体積(=4/3・π・rj
3)である。ステップS170にて算出された電池セル2mのOCVの今回値OCV(t)は、SOC推定ルーチンの次回実行時にOCVの前回値OCV(t-1)として用いられ、ステップS180にて算出された各粒子のリチウム濃度の今回値Cj(t)は、SOC推定ルーチンの次回実行時にリチウム濃度の前回値Cj(t-1)として用いられる。
ステップS180にて各粒子のリチウム濃度の今回値Cj(t)を算出した後、ECU10は、変数mをインクリメントし(ステップS190)、変数mがバッテリ1における電池セル2の総数Mを上回っているか否かを判定する(ステップS200)。ECU10は、変数mが総数M以下であると判定した場合(ステップS200:NO)、上記ステップS110-S190の処理を再度実行する。また、変数mが総数Mを上回っていると判定した場合(ステップS200:YES)、ECU10は、その時点で、図4のルーチンを一旦終了させる。
以上説明したように、リン酸鉄リチウムイオン電池であるバッテリ1の各電池セル2のSOCの推定に際しては、リン酸鉄リチウム(LiFePO4)により形成されたLiFePO正極がそれぞれリチウムを含む複数の粒子により構成されていると仮定する多粒子モデルが利用される。また、各電池セル2のSOCの推定に際しては、少なくとも、電池セル2mの電圧の測定値V(t)と、リン酸鉄リチウムイオン電池(電池セル2m)のSOCとOCVとの関係を規定するように予め定められた第1マップから取得された電池セル2mのOCVの前回値OCV(t-1)とに基づいて、LiFePO正極の反応による過電圧ΔVMPMが算出される(ステップS120)。更に、LiFePO正極の反応による過電圧ΔVMPMと、図2に示すリン酸鉄リチウム(LixFePO4)のリチウム組成xとLiFePO正極のOCVとの関係に基づいて予め定められた図5に示す第2マップとを用いて、LiFePO正極を構成する複数の粒子の各々の過電圧ηjが算出される(ステップS130)。そして、当該複数の粒子の各々の過電圧ηjから、複数の粒子の各々の電流密度ijが算出され(ステップS140)、当該複数の粒子の各々の電流密度ijから電池セル2mの推定電池電流Iappが算出される(ステップS150)。
より詳細には、電池セル2mの電圧の測定値V(t)から、少なくとも第1マップから取得されたSOCの前回値SOC(t-1)に対応したOCVの前回値OCV(t-1)を減じて正極の反応による過電圧ΔVMPMが算出される(ステップS120)。また、正極の反応による過電圧ΔVMPMと、第2マップから取得された複数の粒子の各々の基準電圧とから、複数の粒子の各々の過電圧ηjが算出される(ステップS130)。更に、SOCの前回値SOC(t-1)と、推定電池電流Iappと、電池容量Cとから電池セル2mのSOCの今回値SOC(t)が算出(推定)されると共に(ステップS140-S160)、第1マップから今回値SOC(t)に対応したOCVの今回値OCV(t)が取得される(ステップS170)。
これにより、第1マップから取得された電池セル2mのOCVの前回値OCV(t-1)と実際の値とのずれを相殺するように算出された推定電池電流Iappに基づいて電池セル2mのSOCを推定することが可能となる。すなわち、第1マップから取得された前回値OCV(t-1)が実際のOCVよりも小さい場合、ステップS120にて算出される過電圧ΔVMPMが大きくなることで推定電池電流IappがOCVのずれを相殺するように大きく算出され、第1マップから取得された前回値OCV(t-1)が実際のOCVよりも大きい場合、ステップS120にて算出される過電圧ΔVMPMが小さくなることで推定電池電流IappがOCVのずれを相殺するように小さく算出される。従って、電池セル2mのSOCの推定が繰り返し実行されることで当該SOCの推定値すなわち今回値SOC(t)を実際の値に収束させていくことができる。この結果、メモリ効果や経路依存性、電圧ヒステリシスといった特異な挙動を示すリン酸鉄リチウム(LiFePO4)により形成されたLiFePO正極を含む各電池セル2のSOCを精度よく推定することが可能となる。
更に、上記実施形態において、第1マップは、SOCごとに、LiFePO正極の2つのスピノーダル点の平均電圧VAVEからリン酸鉄リチウムイオン電池の負極のOCVを減じることにより作成され、第2マップは、リン酸鉄リチウム(LixFePO4)のリチウム組成xと正極のOCVとの関係を平均電圧VAVEが0ボルトになるようにオフセットすることにより作成される。これにより、正極の反応による過電圧ΔVMPMと、第2マップとを用いて、複数の粒子の各々の過電圧ηjをより適正に算出することが可能となる。
また、上記実施形態では、複数の粒子の各々の電流密度ijに基づいて各粒子のリチウム濃度の変化量∂Cj/∂tが算出されると共に、リチウム濃度の前回値Cj(t-1)と変化量∂Cj/∂tとからリチウム濃度の今回値Cj(t)が算出され(ステップS180)、図4のステップS130では、第2マップからリチウム濃度の前回値Cj(t-1)に基づくリチウム組成xjに対応した複数の粒子の各々の基準電圧が取得される。これにより、複数の粒子の各々の基準電圧ひいては過電圧ηjをより適正に算出することが可能となる。
更に、図2のステップS120では、電池セル2mの電圧の測定値V(t)から、OCVの前回値OCV(t-1)と、塩濃度過電圧dVdceと、電池セル2mの電流の測定値I(t)と内部抵抗Rdとの積値とを減じて、LiFePO正極の反応による過電圧ΔVMPMが算出される。これにより、演算負荷を低減しつつ、正極の反応による過電圧ΔVMPMをより適正に算出することが可能となる。ただし、図2のステップS120では、電池セル2mの電流の測定値I(t)を用いることなく、電池セル2mの電圧の測定値V(t)から、OCVの前回値OCV(t-1)と塩濃度過電圧dVdceとを減じて正極の反応による過電圧ΔVMPMと内部抵抗Rdによる過電圧との和ΔVMPM+IRが算出されてもよい。そして、この場合には、|ΔVMPM+IR-(ΔVMPM+Iapp・Rd)|を最小にする過電圧ΔVMPMと推定電池電流Iappとがイタレーションにより導出されてもよい。
なお、リン酸鉄リチウムイオン電池である電池セル2を複数含むバッテリ1は、モータジェネレータMGと電力をやり取りする高電圧バッテリに限られるものではない。すなわち、バッテリ1は、補機バッテリ(12Vバッテリ)といった低電圧バッテリとして構成されてもよい。
また、本開示の発明は上記実施形態に何ら限定されるものではなく、本開示の外延の範囲内において様々な変更をなし得ることはいうまでもない。更に、上記実施形態は、あくまで発明の概要の欄に記載された発明の具体的な一形態に過ぎず、発明の概要の欄に記載された発明の要素を限定するものではない。