JP4017472B2 - 顕微鏡 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、顕微鏡、特に染色した試料を機能性の高いレーザー光源からの複数の波長の光により照明して、高い空間分解能を得る高性能かつ高機能の新しい光学顕微鏡に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
光学顕微鏡の技術は古く、種々のタイプの顕微鏡が開発されてきた。また、近年では、レーザー技術および電子画像技術をはじめとする周辺技術の進歩により、更に高機能の顕微鏡システムが開発されている。
【0003】
このような背景の中、例えば特開平8−184552号公報において、複数波長の光で試料を照明することにより発する二重共鳴吸収過程を用いて、得られる画像のコントラストの制御のみならず化学分析も可能にした高機能な顕微鏡が提案されている。
【0004】
この顕微鏡は、二重共鳴吸収を用いて特定の分子を選択し、特定の光学遷移に起因する吸収および蛍光を観測するものである。この原理について、図4〜図7を参照して説明する。図4は、試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示すもので、先ず、図4に示す基底状態(S0状態)の分子がもつ価電子軌道の電子を波長λ1の光により励起して、図5に示す第1電子励起状態(S1状態)とする。次に、別の波長λ2の光により同様に励起して図6に示す第2電子励起状態(S2状態)とする。この励起状態により、分子は蛍光あるいは燐光を発光して、図7に示すように基底状態に戻る。
【0005】
二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、図5の吸収過程や図7の蛍光や燐光の発光を用いて、吸収像や発光像を観察する。この顕微鏡法では、最初にレーザー光等により共鳴波長λ1の光で図5のように試料を構成する分子をS1状態に励起させるが、この際、単位体積内でのS1状態の分子数は、照射する光の強度が増加するに従って増加する。
【0006】
ここで、線吸収係数は、分子一個当りの吸収断面積と単位体積当たりの分子数との積で与えられるので、図6のような励起過程においては、続いて照射する共鳴波長λ2に対する線吸収係数は、最初に照射した波長λ1の光の強度に依存することになる。すなわち、波長λ2に対する線吸収係数は、波長λ1の光の強度で制御できることになる。このことは、波長λおよび波長λ2の2波長の光で試料を照射し、波長λ2による透過像を撮影すれば、透過像のコントラストは波長λ1の光で完全に制御できることを示している。
【0007】
また、図6の励起状態での蛍光または燐光による脱励起過程が可能である場合には、その発光強度はS1状態にある分子数に比例する。したがって、蛍光顕微鏡として利用する場合には画像コントラストの制御が可能となる。
【0008】
さらに、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、上記の画像コントラストの制御のみならず、化学分析も可能にする。すなわち、図4に示される最外殻価電子軌道は、各々の分子に固有なエネルギー準位を持つので、波長λ1は分子によって異なることになり、同時に波長λ2も分子固有のものとなる。
【0009】
ここで、従来の単一波長で照明する場合でも、ある程度特定の分子の吸収像あるいは蛍光像を観察することが可能であるが、一般にはいくつかの分子における吸収帯の波長領域は重複するので、試料の化学組成の正確な同定までは不可能である。
【0010】
これに対し、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、波長λ1および波長λ2の2波長により吸収あるいは発光する分子を限定するので、従来法よりも正確な試料の化学組成の同定が可能となる。また、価電子を励起する場合、分子軸に対して特定の電場ベクトルをもつ光のみが強く吸収されるので、波長λ1および波長λ2の偏光方向を決めて吸収または蛍光像を撮影すれば、同じ分子でも配向方向の同定まで可能となる。
【0011】
また、最近では、例えば特開2001−100102号公報において、二重共鳴吸収過程を用いて回折限界を越える高い空間分解能をもつ蛍光顕微鏡も提案されている。
【0012】
図8は、分子における二重共鳴吸収過程の概念図で、基底状態S0の分子が、波長λ1の光で第1電子励起状態であるS1に励起され、更に波長λ2の光で第2電子励起状態であるS2に励起されている様子を示している。なお、図8はある種の分子のS2からの蛍光が極めて弱いことを示している。
【0013】
図8に示すような光学的性質を持つ分子の場合には、極めて興味深い現象が起きる。図9は、図8と同じく二重共鳴吸収過程の概念図で、横軸のX軸は空間的距離の広がりを表わし、波長λ2の光を照射した空間領域A1と波長λ2の光が照射されない空間領域A0とを示している。
【0014】
図9において、空間領域A0では波長λ1の光の励起によりS1状態の分子が多数生成され、その際に空間領域A0からは波長λ3で発光する蛍光が見られる。しかし、空間領域A1では、波長λ2の光を照射したため、S1状態の分子のほとんどが即座に高位のS2状態に励起されて、S1状態の分子は存在しなくなる。このような現象は、幾つかの分子により確認されている。これにより、空間領域A1では、波長λ3の蛍光は完全になくなり、しかもS2状態からの蛍光はもともとないので、空間領域A1では蛍光自体が完全に抑制され(蛍光抑制効果)、空間領域A0からのみ蛍光が発することになる。
【0015】
このことは、顕微鏡の応用分野から考察すると、極めて重要な意味を持っている。すなわち、従来の走査型レーザー顕微鏡等では、レーザー光を集光レンズによりマイクロビームに集光して観察試料上を走査するが、その際のマイクロビームのサイズは、集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界となり、原理的にそれ以上の空間分解能は期待できない。
【0016】
ところが、図9の場合には、波長λ1と波長λ2との2種類の光を空間的に上手く重ね合わせて、波長λ2の光の照射により蛍光領域を抑制することで、例えば波長λ1の光の照射領域に着目すると、蛍光領域を集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界よりも狭くでき、実質的に空間分解能を向上させることが可能となる。したがって、この原理を利用することで、回折限界を越える二重共鳴吸収過程を用いた超解像顕微鏡、例えば蛍光顕微鏡を実現することが可能となる。
【0017】
さらに、顕微鏡の超解像性を高めるため、例えば特開平11−95120号公報において、超解像顕微鏡の機能を十分に活かすための蛍光ラベラー分子や、利用する波長λ1および波長λ2の2つの光の試料への照射タイミング等が開示されている。この先行技術では、少なくとも基底状態を含む3つの量子状態を有し、第1電子励起状態を除く高位のエネルギー状態から基底状態へ脱励起するときの遷移が蛍光による緩和過程よりも熱緩和過程が支配的である各種分子を染色する蛍光ラベラー分子と、生化学的な染色技術を施した生体分子とを化学結合させた試料を、染色する分子を励起する波長λ1の光でS1状態に励起し、続いて波長λ2の光により即座に高位の量子準位に励起することで、S1状態からの蛍光を抑制するようにしている。このように分子の光学的性質を利用して、空間的な蛍光領域を人為的に抑制することで、空間分解能の向上を図ることができる。
【0018】
このような分子の光学的性質は、量子化学的な立場から説明することができる。すなわち、一般に、分子はそれを構成する各原子がσまたはπ結合によって結ばれている。言い換えると、分子の分子軌道は、σ分子軌道またはπ分子軌道を有していて、これらの分子軌道に存在する電子が各原子を結合する重要な役割を担っている。そのなかでも、σ分子軌道の電子は各原子を強く結合し、分子の骨格である分子内の原子間距離を決めている。これに対して、π分子軌道の電子は各原子の結合にほとんど寄与しないで、むしろ分子全体に極めて弱い力で束縛されている。
【0019】
多くの場合、σ分子軌道にいる電子を光で励起すると、分子の原子間隔が大きく変化し、分子の解離を含む大きな構造変化が起こる。その結果、原子の運動エネルギーや構造変化のために、光が分子に与えたエネルギーのほとんどが熱エネルギーに変化する。したがって、励起エネルギーは蛍光という光の形態では消費されない。また、分子の構造変化は極めて高速(ピコ秒より短い)に起こるので、その過程で仮に蛍光が起きてもその寿命が極めて短い。
【0020】
これに対し、π分子軌道の電子は、励起しても分子の構造自体はほとんど変化せず、高位の量子的な離散準位に長時間とどまり、ナノ秒オーダで蛍光を放出して脱励起する性質を有している。
【0021】
量子化学によれば、分子がπ分子軌道をもつことと、二重結合をもつこととは同等であり、用いる蛍光ラベラー分子には、二重結合を豊富にもつ分子を選定することが必要条件となる。このことは、二重結合をもつ分子でもベンゼンやピラジン等の6員環分子において、S2励起状態からの蛍光が極めて弱いことが確かめられている(例えば、M.Fujii et.al.Chem.Phys.Lett.171(1990)341)。
【0022】
したがって、ベンゼンやピラジン等の6員環分子を含む分子を蛍光ラベラー分子として選定すれば、S1状態からの蛍光寿命が長く、しかも光励起によりS1状態からS2状態に励起することで、分子からの蛍光を容易に抑制できるので、超解像性を効果的に利用することができる。すなわち、これら蛍光ラベラー分子により染色して観察を行なえば、高空間分解能で試料の蛍光像を観察することができるのみならず、その分子の側鎖の化学基を調整することにより、生体試料の特定の化学組織のみを選択的に染色できるので、試料の詳細な化学組成までも分析可能となる。
【0023】
また、一般に、二重共鳴吸収過程は2つ光の波長や偏光状態等が特定の条件を満たすときにのみ起こるので、これを用いることで分子の構造を非常に詳細に知ることができる。すなわち、光の偏光方向と分子の配向方向とは強い相関関係があり、2つ波長の光のそれそれの偏光方向と分子の配向方向とが特定の角度をなすとき、二重共鳴吸収過程が強く起こる。したがって、2つ波長の光を試料に同時に照射して、それぞれの光りの偏光方向を回転することにより、蛍光の消失の程度が変化するので、その様子から観測しようとする組織の空間配向の情報も得ることができる。このことは、2つ光の波長を調整することでも可能である。
【0024】
以上のように、上記の特開平11−95120号公報記載の技術によると、超解像性以外にも、高い分析能力を有していることがわかる。さらに、波長λ1と波長λ2との2つの光の照射タイミングを工夫することで、S/Nを改善し、かつ蛍光抑制を効果的に起すことができ、超解像性をより効果的に発現することが可能となる。
【0025】
このような超解像顕微鏡法の具体例として、例えば特開2001−100102号公報には、蛍光ラベラー分子をS0状態からS1状態へ励起する波長λ1の光(特にレーザー光)をポンプ光とし、S1状態からS2状態へ励起する波長λ2の光をイレース光として、図10に示すように、光源81からポンプ光を、光源82からイレース光をそれぞれ放射させ、ポンプ光はダイクロイックミラー83で反射させた後、輪帯光学系84により試料115上に集光させ、イレース光は位相板86で中空ビーム化した後、ダイクロイックミラー83を透過させてポンプ光と空間的に重ね合わせて輪帯光学系84により試料115上に集光させるようにしたものが提案されている。
【0026】
この顕微鏡によると、イレース光の強度がゼロとなる光軸近傍以外の蛍光は抑制されるので、結果的にポンプ光の広がりより狭い領域(Δ<0.61・λ1/NA、NAは輪帯光学系84の開口数)に存在する蛍光ラベラー分子のみが観察されることになり、結果的に超解像性が発現することになる。なお、イレース光を中空ビーム化する位相板86は、例えば、図11に示すように、光軸に対して点対称な位置で位相差πを与えるように構成したものや、液晶面を用いた液晶空間変調器を用いることができる。
【0027】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、従来提案されている超解像顕微鏡法を含む蛍光検出型の顕微鏡においては、蛍光の検出感度が低く、良好な蛍光顕微鏡画像が得られないと言う問題がある。
【0028】
すなわち、従来の超解像顕微鏡は、ナノメータオーダーの分解能で空間計測が可能であるが、その反面、観察領域に存在する蛍光ラベラー分子の絶対量が減少し、極限の場合、1分子すなわち単一分子を計測しなければならない状況が発生する。この単一分子の検出には、一般に、パルスカウンティング法が用いられている。このパルスカウンティング法とは、分子が主にパルス光源からのポンプ光の照射により第1電子励起状態に励起されたときに、そのときの蛍光収率(φ)に応じて発光する事象に着目した計測法である。ここで蛍光収率とは、励起状態にある分子が、蛍光発光過程により基底状態に脱励起する過程であり、例えば、メタノール中のローダミン6G分子では蛍光収率は0.9であり、殆どが蛍光過程で1個の光子を放出して脱励起する。
【0029】
パルスカウンティング法では、一定時間、ポンプ光を照射したときの蛍光発光現象の発生事象数(N)を計測する。したがって、ローダミン6G分子の場合には、蛍光寿命が3nsecなので、パルス幅3nsecの光パルスが間欠的に検出器で観測されることになる。ここで、単位体積あたり1個の分子が存在し、単位時間内の発生事象数がnoとすると、単位体積あたりm個の分子が存在すれば、事象数はm・noとなる。このように、計測領域に存在する分子が少なく、光パルスを間欠的に照射する条件では、発生事象数を計測することで、微小領域に存在する分子の空間分布、すなわち蛍光顕微鏡画像が得られる。
【0030】
ところが、超解像顕微鏡法では、ポンプ光の他にイレース光を同時照射し、しかもこのイレース光の強度、言い換えると光子数は、分子から発光する蛍光光子と比較して遥かに多いため、蛍光発光現象の発生事象数を計測する際のS/Nが低下するという問題がある。このため、従来は、検出光学系の光路にフィルタ等を配置してイレース光の光子を除去するようにしているが、このような対策を施しても、検出器には蛍光過程が起こる発生事象数と比較して無視できない頻度でイレース光の光子が入射してしまい、その結果、検出しようとする蛍光分子の空間分布とは対応しない蛍光画像となって、良好な蛍光顕微鏡画像が得られなくなる。
【0031】
したがって、かかる点に鑑みてなされた本発明の目的は、パルスカウンティング法によりS/Nが向上でき、所望の微量発光分子を確実に検出して良好な顕微鏡画像が得られるよう適切に構成した顕微鏡を提供することにある。
【0032】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成する請求項1に係る顕微鏡の発明は、試料内の分子を基底状態から励起状態に励起するためのパルス励起光を発生するパルス光源と、
上記パルス励起光を試料上に集光する集光光学系と、
上記パルス励起光を受光して電気パルス信号に変換する第1の変換手段と、
上記パルス励起光により励起された試料内の分子が脱励起するときの発光を受光して電気パルス信号に変換する第2の変換手段と、
上記第1の変換手段からの電気パルス信号の位相上記第2の変換手段からの電気パルス信号の位相とが一致するように、上記第1の変換手段からの電気パルス信号の位相を調整する調整手段と、
上記調整手段で位相が調整された電気パルス信号上記第2の変換手段からの電気パルス信号との論理演算の出力を計測する計測手段と、
を有し、上記計測手段の出力に基づいて上記試料の顕微鏡画像を得るよう構成したことを特徴とするものである。
【0033】
さらに、請求項2に係る顕微鏡の発明は、少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料を観察する顕微鏡であって、
上記分子を基底状態から第1電子励起状態へ遷移させるパルス状の第1の光を発生する第1の光源と、
上記分子を第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態へ遷移させる第2の光を発生する第2の光源と、
上記第1の光および上記第2の光の照射領域を少なくとも一部分重ね合わせて上記試料に照射する光学系と、
上記第1の光を受光して電気パルス信号に変換する第1の変換手段と、
上記分子が第1電子励起状態から基底状態に脱励起する際の発光を受光して電気パルス信号に変換する第2の変換手段と、
上記第1の変換手段からの電気パルス信号の位相上記第2の変換手段からの電気パルス信号の位相とが一致するように、上記第1の変換手段からの電気パルス信号の位相を調整する調整手段と、
上記調整手段で位相が調整された電気パルス信号上記第2の変換手段からの電気パルス信号との論理演算の出力を計測する計測手段と、
を有し、上記計測手段の出力に基づいて上記試料の顕微鏡画像を得るよう構成したことを特徴とするものである。
【0034】
請求項3に係る発明は、請求項1または2に記載の顕微鏡において、上記計測手段は、上記調整手段で調整された電気パルス信号と上記第2の変換手段からの電気パルス信号との論理積を演算する論理演算器と、この論理演算器の出力パルスを計数するパルスカウンターとを有することを特徴とするものである。
請求項4に係る発明は、請求項1に記載の顕微鏡において、上記計測手段は、上記パルス光源の出射口における光源の発光時間を基準として、上記第2の変換手段が上記分子の脱励起による発光を受光するまでの伝播時間、上記第1の変換手段からの電気パルス信号を遅らせて位相を調整することを特徴とするものである。
請求項5に係る発明は、請求項2に記載の顕微鏡において、上記計測手段は、上記第1の光源の出射口における光源の発光時間を基準として、上記第2の変換手段が上記分子の脱励起による発光を受光するまでの伝播時間、上記第1の変換手段からの電気パルス信号を遅らせて位相を調整することを特徴とするものである。
【0035】
以下、本発明の原理について、図1を参照して説明する。
【0036】
図1は、超解像蛍光顕微鏡においてイレース光がCW光源である場合の動作を示すタイムチャートで、図1(a)はポンプ光レーザーパルスの発振タイミングを示しており、図1(b)は蛍光ラベラー分子の蛍光発光タイミングを示しており、図1(c)は蛍光を受光する検出器の蛍光出力信号を示しており、図1(d)は検出用ゲートパルスのタイミングを示している。
【0037】
図1(a)に示すように、ポンプ光レーザーパルスのパルス幅すなわち発光時間をt、発光時間間隔をTとすると、蛍光ラベラー分子は、図1(b)に示すように、ポンプ光レーザーの出射口におけるレーザー発光時間を基準として顕微鏡光学系で試料上に集光されるまでの伝搬時間d1だけ遅れて、ポンプ光レーザーと同期して時間間隔Tで発光する。しかし、蛍光ラベラー分子の蛍光寿命は、一般に有限値τ(数ナノ秒)を持つので、ポンプ光レーザーの発光時間tがτよりも長いときは、蛍光ラベラー分子の発光時間はtと一致するが、tがτよりも短いときはτとなる。
【0038】
この蛍光ラベラー分子からの蛍光は、図1(c)に示すように、検出光学系によりさらに伝搬時間d2遅れて検出器に到達するので、結局、ポンプ光レーザーの出射口より(d1+d2)時間遅れた状態で、ポンプ光レーザーパルスに同期して受光される。ここで、蛍光を受光する検出器は、一般に固有の応答時間rを持つので、rが蛍光発光時間よりも大きければ、出力される蛍光出力信号のパルス幅はrとなり、反対の場合には蛍光発光時間そのものとなる。
【0039】
パルスカウンティング法では、図1(c)における単位時間内の蛍光出力信号のパルス数を計測することになるが、超解像蛍光顕微鏡ではポンプ光の他に強いイレース光を照射するため、このイレース光が検出器に混入してノイズの原因となる。例えば、イレース光がCW光源の場合には、検出器から図1(c)に斜線で示すようなパルス状の疑似信号が出力される。しかも、この疑似信号の大多数は、ポンプ光レーザーパルスの発光時間間隔Tがその発光時間tや蛍光ラベラー分子の蛍光発光時間と比較して圧倒的に長いため、ポンプ光が発生していない発光時間間隔Tの間に発生する。このため、この疑似信号が計数されて、計測精度すなわちS/Nが劣化することになる。また、イレース光が発生しなくても、暗電流信号が統計的に発生して、同様に計測精度の劣化を招くことになる。
【0040】
そこで、本発明では、第1の変換手段および調整手段により、図1(a)に示すポンプ光レーザーパルスに同期して蛍光出力信号と位相が完全に一致する図1(d)に示すような検出用ゲートパルスを生成し、計測手段において、この検出用ゲートパルスと蛍光検出信号との相関、例えば論理積をとって、その出力パルスすなわち検出用ゲートパルスが高レベルにあるときの蛍光検出信号のパルスを計測する。このようにすれば、蛍光検出信号のパルス列のうち、イレース光照射による疑似信号パルスを除外して、ポンプ光照射に起因するパルスのみを良好なS/Nで計測できるので、特に所望の蛍光分子が空間的に1分子しか存在しない場合でも、その分子からのポンプ光照射に起因する蛍光検出信号を確実に検出でき、良好な蛍光顕微鏡画像を得ることが可能となる。
【0041】
【発明の実施の形態】
以下、図面を参照して本発明による顕微鏡の一実施の形態について、図2および図3を参照して説明する。
【0042】
図2は顕微鏡の構成を示す図であり、図3はその信号処理回路の一例の構成を示すブロック図である。本実施の形態の顕微鏡は、イレース光を中空ビーム化して超解像性を発現させて空間分解能を向上させたレーザー走査型の超解像蛍光顕微鏡で、ローダミン6Gで染色された生体試料を観察するものである。
【0043】
ここで、ローダミン6Gは、530nmの波長帯域で吸収が最大となり、また、第1電子励起状態(S1)から、よりエネルギー的に高い高位の電子励起状態に励起できる吸収帯が、波長600〜650nmの領域に存在する。
【0044】
そこで、本実施の形態では、第1の光源としてレーザーダイオード(LD)励起型のモードロックNd:YAGレーザー1を用い、その2倍高調波(532nm)をポンプ光として用いる。このLD励起型のモードロックNd:YAGレーザー1は、レーザー共振器の設計パラメータの調整により、MHzオーダーの繰り返し周波数で、ピコ秒のレーザーパルスを発振することができる。例えば、スイス:Time-Bandwidth社製のGE−100シリーズは、標準仕様で、100MHzの繰り返し周波数において、パルス幅:6psecのパルス光を平均出力50mWで発振することができる。これは、1パルスの持つエネルギーが、500pJに対応する。また、共振器を設計変更することで、繰り返し周波数を、25MHz〜1GHzの間で調整することができる。
【0045】
また、第2の光源は、市販で廉価かつ信頼性の高いCWのHe−Neレーザー2を用い、その基本波(633nm)をイレース光として用いる。
【0046】
図2において、LD励起型のモードロックNd:YAGレーザー1からのポンプ光は、ビームサンプラー3で二つに分岐し、その一方をPin−フォトダイオード4で受光し、他方をキューベット型のハーフミラーからなるビームコンバイナー5に入射させる。また、CWのHe−Neレーザー2からのイレース光は、図11に示したような位相板6を通すことで中空ビーム化してビームコンバイナー5に入射させてポンプ光と同軸上に合成し、これらポンプ光およびイレース光を、キューベット型のハーフミラーからなるビームセパレーター7を透過させた後、互いに直交する軸を中心に揺動可能なガルバノミラー8および9で順次反射させて対物レンズ10によりローダミン6Gで染色された生体試料11の表面に集光させ、その集光点をガルバノミラー8,9の揺動により移動させて試料面上を2次元走査する。なお、図2では、図面を簡略化するために、ガルバノミラー8,9を互いに平行な軸を中心に揺動するように示している。また、位相板6は、図11に示すような位相分布をイレース光に与えるべく、蒸着膜がコートされている。これにより、光軸上で光強度をキャンセルして中空状のビームに整形される。
【0047】
一方、ポンプ光およびイレース光の照射により試料11から発する蛍光は、対物レンズ10によりコリメートしたのち、入射光路とは逆の経路を辿って、ガルバノミラー9および8を経てビームセパレーター7に入射させ、該ビームセパレーター7で反射される蛍光を投影レンズ12によりピンホール13に集光させる。
【0048】
ピンホール13は、試料11の蛍光発光点に対して共焦点位置に配置し、このピンホール13を透過した蛍光を、ポンプ光カットノッチフィルター14およびイレース光カットノッチフィルター15を透過させて、それぞれポンプ光およびイレース光を除去した後、光電子増倍管16で受光して蛍光出力信号を得る。
【0049】
次に、図3に示す信号処理回路について説明する。ビームサンプラー3で分岐されたNd:YAGレーザー1からのポンプ光を受光するPin−フォトダイオード4からの出力電気信号は、ディスクリミネーター21に供給して方形電気的なパルス信号、例えばTTLのクロック信号に変換する。このディスクリミネーター21は、パルス光の応答信号を方形電気的に整形するだけでなく、ある一定の波高閾値以上の強度をもつ光パルスのみを信号変換するもので、これによりレーザー出力光以外の原因で発生する疑似電気応答を除去する。これらPin−フォトダイオード4およびディスクリミネーター21は、第1の変換手段を構成する。
【0050】
ディスクリミネーター21から出力されるクロック信号は、遅延回路22を経てゲートジェネレーター23に供給し、ゲートジェネレーター23において入力クロック信号に同期して図1(d)に示した適宜のパルス幅および波高値の検出用ゲートパルスを生成して、この検出用ゲートパルスを論理演算器24の一方の入力端子に供給する。ここで、遅延回路22およびゲートジェネレーター23は、調整手段を構成する。
【0051】
また、光電子増倍管16からの蛍光出力信号は、ディスクリミネーター25で方形電気的なパルス信号、例えばTTLのクロック信号に変換して、論理演算器24の他方の入力端子に供給する。ここで、光電子増倍管16およびディスクリミネーター25は、第2の変換手段を構成する。
【0052】
論理演算器24は論理積(AND)を演算するもので、本実施の形態ではゲートジェネレーター23からの検出用ゲートパルスと、ディスクリミネーター25からのクロック信号とが共に正論理、すなわち両パルスが同時に入力したときに1個のパルスを出力する。なお、ディスクリミネーター25からのクロック信号に対する検出用ゲートパルスのタイミングは、遅延回路22で調整し、パルス幅はゲートジェネレーター23で調整する。
【0053】
論理演算器24の出力は、パルスカウンター26に供給し、ここで単位時間に入力するパルス数を計数して、そのデータをパーソナルコンピュータ27のフレームメモリに格納する。ここで、論理演算器24およびパルスカウンター26は、計測手段を構成する。このようにして、ガルバノミラー8,9をビデオレートに同期して揺動させながら、各画素のデータをフレームメモリに格納して、試料11の蛍光2次元画像をCRT等のモニタ28にリアルタイムで表示する。
【0054】
本実施の形態によれば、光電子増倍管16からの蛍光出力信号に対応するパルスのうち、ポンプ光パルスと因果関係のないパルスは論理演算器24で除去され、ポンプ光パルスにより観察試料11を励起したときの蛍光信号に対応するパルスのみがパルスカウントされるので、極めて高いS/Nで微弱な蛍光信号を画像化することができる。
【0055】
なお、本発明は、上記実施の形態にのみ限定されるものではなく、幾多の変形または変更が可能である。例えば、本発明は、上記実施の形態のようなポンプ光パルスとイレース光とを用いる超解像蛍光顕微鏡に限らず、パルス光源により試料内の分子を基底状態から励起状態に励起し、その分子が脱励起するときの発光を検出する顕微鏡にも有効に適用することができる。
【0056】
【発明の効果】
以上のように、本発明によれば、パルスカウンティング法によるS/Nを向上でき、所望の微量発光分子を確実に検出して良好な顕微鏡画像を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の原理を説明するための図である。
【図2】 本発明の一実施の形態における顕微鏡の構成を示す図である。
【図3】 図1に示す顕微鏡の信号処理回路の一例の構成を示すブロック図である。
【図4】 試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示す概念図である。
【図5】 図4の分子の第1電子励起状態を示す概念図である。
【図6】 同じく、第2電子励起状態を示す概念図である。
【図7】 同じく、第2電子励起状態から基底状態に戻る状態を示す概念図である。
【図8】 分子における二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図9】 同じく、二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図10】 従来の超解像顕微鏡の一例の構成を示す図である。
【図11】 図10に示す位相板の構成を示す平面図である。
【符号の説明】
1 Nd:YAGレーザー
2 He−Neレーザー
3 ビームサンプラー
4 Pin−フォトダイオード
5 ビームコンバイナー
6 位相板
7 ビームセパレーター
8,9 ガルバノミラー
10 対物レンズ
11 試料
12 投影レンズ
13 ピンホール
14 ポンプ光カットノッチフィルター
15 イレース光カットノッチフィルター
16 光電子増倍管
21,25 ディスクリミネーター
22 遅延回路
23 ゲートジェネレーター
24 論理演算器
26 パルスカウンター
27 パーソナルコンピュータ
28 モニタ

Claims (5)

  1. 試料内の分子を基底状態から励起状態に励起するためのパルス励起光を発生するパルス光源と、
    上記パルス励起光を試料上に集光する集光光学系と、
    上記パルス励起光を受光して電気パルス信号に変換する第1の変換手段と、
    上記パルス励起光により励起された試料内の分子が脱励起するときの発光を受光して電気パルス信号に変換する第2の変換手段と、
    上記第1の変換手段からの電気パルス信号の位相上記第2の変換手段からの電気パルス信号の位相とが一致するように、上記第1の変換手段からの電気パルス信号の位相を調整する調整手段と、
    上記調整手段で位相が調整された電気パルス信号上記第2の変換手段からの電気パルス信号との論理演算の出力を計測する計測手段と、
    を有し、上記計測手段の出力に基づいて上記試料の顕微鏡画像を得るよう構成したことを特徴とする顕微鏡。
  2. 少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料を観察する顕微鏡であって、
    上記分子を基底状態から第1電子励起状態へ遷移させるパルス状の第1の光を発生する第1の光源と、
    上記分子を第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態へ遷移させる第2の光を発生する第2の光源と、
    上記第1の光および上記第2の光の照射領域を少なくとも一部分重ね合わせて上記試料に照射する光学系と、
    上記第1の光を受光して電気パルス信号に変換する第1の変換手段と、
    上記分子が第1電子励起状態から基底状態に脱励起する際の発光を受光して電気パルス信号に変換する第2の変換手段と、
    上記第1の変換手段からの電気パルス信号の位相上記第2の変換手段からの電気パルス信号の位相とが一致するように、上記第1の変換手段からの電気パルス信号の位相を調整する調整手段と、
    上記調整手段で位相が調整された電気パルス信号上記第2の変換手段からの電気パルス信号との論理演算の出力を計測する計測手段と、
    を有し、上記計測手段の出力に基づいて上記試料の顕微鏡画像を得るよう構成したことを特徴とする顕微鏡。
  3. 上記計測手段は、上記調整手段で調整された電気パルス信号と上記第2の変換手段からの電気パルス信号との論理積を演算する論理演算器と、この論理演算器の出力パルスを計数するパルスカウンターとを有することを特徴とする請求項1または2に記載の顕微鏡。
  4. 上記計測手段は、上記パルス光源の出射口における光源の発光時間を基準として、上記第2の変換手段が上記分子の脱励起による発光を受光するまでの伝播時間、上記第1の変換手段からの電気パルス信号を遅らせて位相を調整することを特徴とする請求項1に記載の顕微鏡。
  5. 上記計測手段は、上記第1の光源の出射口における光源の発光時間を基準として、上記第2の変換手段が上記分子の脱励起による発光を受光するまでの伝播時間、上記第1の変換手段からの電気パルス信号を遅らせて位相を調整することを特徴とする請求項2に記載の顕微鏡。
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