JP7532061B2 - 転がり疲れ寿命に優れた軸受用鋼 - Google Patents
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Description
前者は、たとえば駆動系部品の構成材が摩耗して生じた異物の硬さに対して、軸受部品の硬さをそれ以上に高めることで圧痕を付きにくくするものである。一般的な駆動系部品は、ロックウェル硬さで58HRC以上(ビッカース硬さで約650HV以上)に調整されていることが多く、そこから生じる異物も同程度の硬さを持つ可能性がある。そこで、その異物の硬さを上回る硬さを軸受に付与することは圧痕を軽減することに寄与する。
後者は、焼入れされた母相の硬さに比べて軟らかいγ層を部品の表面付近で増やすことにより、圧痕が付与された際に圧痕周縁に生じる盛上りを抑制する効果があるとされ、圧痕への応力集中作用を弱める狙いがある。
このように、部品の硬さを高めることと残留γ量を増量させることは、いずれも圧痕周縁部におけるき裂の発生自体を抑制することを目的としている。
そして、さらなる寿命向上のためには、浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しされた軸受用鋼の残留γとマルテンサイトについて、その体積分率についても適正に制御することが重要であることを見出した。
下記の式(1)で求められるマルテンサイト変態開始温度Msの値(℃)が、該鋼の最表面から100μmの深さ位置では140℃以下であること、
さらに該鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるレンズ状マルテンサイト組織が30vol%以上であって、かつ、残留オーステナイト量が25~50vol%であること、を特徴とする、異物混入環境下での耐転がり疲れ特性に優れる軸受用鋼である。
Ms=539-423C-30.4Mn-12.1Cr-17.7Ni-7.5Mo・・・式(1)
ここで、式(1)の右辺の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入される。含有しない元素が存在する場合は、該当する元素の含有量をゼロとして値を求める。なお、Msの値の単位は℃である。
上記の式(1)で求められるマルテンサイト変態開始温度Msの値(℃)が、該鋼の最表面から100μmの深さ位置では140℃以下であること、
さらに該鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるレンズ状マルテンサイト組織が30vol%以上であって、かつ、残留オーステナイト量が25~50vol%であること、
を特徴とする、異物混入環境下での耐転がり疲れ特性に優れる軸受用鋼である。
C:0.13~0.40%
Cは、鋼製部品を焼入れしたときの芯部の焼入れ性、あるいは鋼製部品の鍛造性や機械加工性に影響する元素である。Cは0.13%未満では十分な芯部の硬さが得られずに強度が低下するので、Cは0.13%以上の添加が必要である。
一方、Cは0.40%より多く添加すると、鋼素材の硬さが増加し、被削性および鍛造性等の加工性を阻害する。
そこで、Cは0.13~0.40%とし、好ましくは、0.15~0.30%とする。
Siは、脱酸に必要な元素であり、さらに、高温環境での鋼素材の強度を高め、疲労の進行の抑制により、転動疲労寿命の向上につながる元素である。これらの効果を十分に得るためには、Siは0.20%以上の添加が必要である。また、Siは、残留γの安定度を高める。 一方、Siは1.15%より多くなると、鋼素材の硬さが増加し、被削性および鍛造性等の加工性を阻害し、また、浸炭阻害を起こしやすくなり、浸炭または浸炭窒化しても十分な材料強度が得られない。そこで、Siは0.20~1.15%とし、好ましくは0.25~0.80%とし、より好ましくは0.25~0.65%とする。
Mnは、焼入れ性の確保に必要な元素であると同時に、γ安定化元素であるため、鋼素材を浸炭または浸炭窒化後に焼入れした際、残留γ量を増加させ、異物混入環境下の圧痕周縁におけるき裂の発生と伝播の抑制に寄与する元素である。また、Mnは、マルテンサイト変態開始温度Msを低下させることで、低温で生成するレンズ状マルテンサイトの生成を促進する。さらに、Mnは、残留γの安定度を高める。これらの効果を十分に得るには、Mnは0.20%以上の添加が必要である。
一方、Mnは1.80%より多くなると、鋼素材の硬さが増加し、被削性および鍛造性等の加工性を阻害する。
そこで、Mnは0.20~1.80%とし、好ましくは、0.45~1.60、さらに好ましくは、0.65~1.25%とする。
Pは、0.030%より多く含有されると、鋼素材を脆化させ、疲労強度を低下させる元素である。そこで、Pは0.030%以下に制限する。
Sは、0.030%より多く含有されると、鋼素材の冷間加工性を阻害し、疲労強度を低下させる元素である。そこで、Sは0.030%以下に制限する。
Crは、焼入れ性の確保に必要な元素であり、鋼素材を浸炭または浸炭窒化後に焼入れした際に、残留γ量を増加させ、異物混入環境下の圧痕周縁におけるき裂の発生と伝播の抑制に寄与する元素である。Crはマルテンサイト変態開始温度Msを低下させることで、低温で生成するレンズ状マルテンサイトの生成を促進する。さらにCrは、残留γの安定度を高める。また、Crは微細で均質に分散した残留γを形成するのに有効であり、異物混入環境下の圧痕周縁におけるき裂の発生と伝播の抑制効果をさらに高める。これらの効果を得るには、Crは1.00%以上の添加が必要である。
一方、Crは過剰になると浸炭または浸炭窒化時に、鋼材最表面で酸化物を形成することで浸炭阻害を引き起こしやすくなり、強度不足につながる元素であるので、Crは3.50%以下とする必要がある。
そこで、Crは1.00~3.50%とし、好ましくは1.10~3.20%とし、より好ましくは1.30~2.25%とする。
Niは、添加により鋼の焼入れ性を高める元素であると同時に、γ安定化元素であるため、鋼素材の浸炭または浸炭窒化後に焼入れした際に残留γ量の増加をもたらす。また、Niは、マルテンサイト変態開始温度Msを低下させることで、低温で生成するレンズ状マルテンサイトの生成を促進する。さらに、Niは、残留γの安定度を高める。これらの効果を十分に得るには、Niは0.10%以上の添加が必要である。
一方、Niは過剰に添加すると、素材コストが大きく増加するので、4.00%を上限として添加するのが良い。
そこで、Niは0.10~4.00%とする。望ましくは、Niは0.25~2.50%とする。
Moは、添加により鋼材の焼入性を高める元素であり、鋼材を浸炭または浸炭窒化した際に、残留γ量を増加し、組織を均質化し、残留γを均質に分布させるのに有効である。また、Moは、マルテンサイト変態開始温度Msを低下させることで、低温で生成するレンズ状マルテンサイトの生成を促進する。さらに、Moは、残留γの安定度を高める。これらの効果を十分に得るためには、Moは0.03%以上が必要である。
一方、Moは過剰に添加すると素材コストが大きく増加し、また、組織を均質化する組織変化の抑制の効果は1.00%で飽和するので、Moは1.00%以下の添加とする。そこで、Moは0.03~1.00%とし、好ましくは、0.10~0.65%とする。
浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しされた鋼の最表面から100μmの深さ位置では、部品として仕上げした状態では部品の最表面付近に相当する。最表面付近では、硬質の異物が混入する軸受の使用環境下の転がり疲れにおいて異物が軌道面に噛みこまれて生じた圧痕の周縁から表面起点のき裂が生じ、そのき裂は、比較的高い繰り返しの応力の影響を受ける。作用応力としては、引張応力とせん断応力が考えられる。主として、この領域付近において転がり疲れの作用によってき裂が伝播することが寿命を左右すると考えられる。そこで、この深さ領域付近におけるき裂の伝播を抑制することが重要となる。そのために本発明では、浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しされた鋼の最表面から100μmの深さ位置において、マルテンサイト変態開始温度Ms、残留γの量および、レンズ状マルテンサイト組織の体積分率、を規定する。
浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しにおいて、マルテンサイトの形態をレンズ状マルテンサイト主体に制御することにより、異物混入環境下での転がり疲れ寿命を向上させることができる。そのためには、浸炭焼入焼戻しされた状態または浸炭窒化焼入焼戻しされた状態の鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるマルテンサイト変態開始温度Msを140℃以下とするとよい。
他方、これらの深さ位置におけるMs点の温度が140℃を上回る場合には、レンズ状マルテンサイトの所要量を確保しにくくなることから、疲労寿命の向上が難しくなる。
Ms=539-423C-30.4Mn-12.1Cr-17.7Ni-7.5Mo・・・式(1)
ここで、式(1)の右辺の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入される。含有しない元素が存在する場合は、該当する元素の含有量をゼロとして値を求める。なお、Msの値の単位は℃である。
残留γは異物混入環境下の転がり疲れにおける圧痕周縁の盛上りを軽減させ、き裂の発生抑制に有効である。さらに、レンズ状マルテンサイトの周囲に隣接するように残留γを生成させておくことによって、異物混入環境下の転がり疲れにおけるき裂の伝播を遅らせ、はく離の抑制に有効に作用する。これらの効果を得るために、残留γ量は25vol%以上が必要である。
一方、残留γ量が50vol%より多くなると、転がり疲れ部品として必要な鋼の硬さが得られず、また使用中の寸法安定性を悪化させる。そのため残留γ量は50vol%以下とする。
そこで、浸炭焼入焼戻し又は浸炭窒化焼入焼戻し後の該鋼の最表面から100μmの範囲における残留γ量は25~50vol%とし、より望ましくは、残留γ量は30~50vol%とし、さらに望ましくは、残留γ量は35~50vol%とする。
マルテンサイトの形態をレンズ状マルテンサイト組織主体に制御することで、ラス状マルテンサイト組織を主体とする場合に比べて、異物混入環境下の転がり疲れにおけるき裂の伝播を遅らせ、はく離の抑制に有効に作用する。その効果を得るには、レンズ状マルテンサイト組織の体積分率を30vol%以上とするのがよい。
表1の試料No.A~Mに示す化学成分の試料をそれぞれ100kg真空溶解炉で溶製した。実施例鋼No.A~Hは本発明の規定する範囲を満足する。比較例鋼No.I~Mの試料は、本発明の規定する範囲から一部が外れている。なお、比較例鋼No.I、JはJIS規定の高炭素クロム軸受鋼鋼材であるSUJ2である。
その後、No.A~Mの鋼を、外径60mm、内径20mm、厚さ6.2mmのスラスト型転動疲労試験片へと粗加工した。なお、実施の形態はこの試験片の形状に限らない。たとえば、軸受等の部品形状の鋼に浸炭焼入焼戻し又は浸炭窒化焼入焼戻しを施して本発明の特性を備えたものであれば本発明の鋼に属する。
そして、実施例鋼No.C、E、Gについて、上記のガス浸炭焼入れ、焼戻し処理後に、850℃で30分保持した後、空冷する二次焼入れを実施し180℃で90分保持して空冷することで焼戻し処理を実施した。これらは表1に記載の通り、加工No.1~8、12、13とした。
また、比較例鋼No.I、J、Kについては、浸炭は行わず840℃で30分保持して油冷を行い、焼入れした後に、180℃で90分保持して空冷することで焼戻し処理を実施した。これを表2に記載の通り、加工No.9~11とした。
以上の熱処理を行った後に、全ての試験片については、試験面を0.10mm研磨し、さらに反対側を研磨することで高さを6.0mmに仕上げた。また、これらの試験面は、バフ研磨にて鏡面仕上げとした。
以上のとおり作製したスラスト型転動疲労試験片を使用し、異物が混入する環境を想定した寿命を測定するために、スラスト型転動疲労試験を行って、はく離までの転動疲労寿命(サイクル数、ここではL50 寿命で評価。)を評価した。
条件については最大ヘルツ接触応力は5.2GPa、転動体は3/8インチ鋼球を三球使用し、潤滑はISO VG10の油浴潤滑とした条件下で、クリーン環境で10,000サイクル転送後に異物(高硬度粉末ハイス粉、硬さ830Hv、粒径100~170μm、異物の混入割合は潤滑油1リットル当たり高硬度粉末ハイス粉を1g混入)を投入し、剥離で停止した。
また、マルテンサイト変態開始温度Msの計算のために、上記した熱処理後のスラスト型転動疲労試験片の断面深さ方向にEPMA測定を行って、試験片の表面から100μmの位置の炭素濃度値(式(1)のCの値を指し、表1においてはこれをC'の値として示す。)を求め、下記の(式1)で求められるマルテンサイト変態開始温度Msをそれぞれ算出した。
Ms(℃)=539-423C-30.4Mn-12.1Cr-17.7Ni-7.5Mo・・・式(1)
ここで、式(1)の右辺の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入される。含有しない元素が存在する場合は、該当する元素の含有量をゼロとして値を求める。なお、Msの値の単位は℃である。
なお、比較例I,Jは浸炭は行わず840℃での焼入れを行っており、その温度では炭素の一部は炭化物(セメンタイト)を形成して母相には固溶していないため、表1のC'は炭化物形成分を考慮して母相に固溶した炭素量を記載しており、このC'をもとに算出している。比較例Kは同様の840℃で焼入れしているが、その温度で炭素は全量が母相に固溶するため、C'は炭素含有量と同様である。
続いて、レンズ状マルテンサイト組織の体積分率の測定について説明する。レンズ状マルテンサイト組織の体積分率は、上記の熱処理後のスラスト型転動疲労試験片の最表面から100μmの深さ位置について鏡面研磨およびナイタール腐食ののちに走査型電子顕微鏡(SEM)による二次電子像を撮像し、それらの画像写真を用いてポイントカウンティング法によって求めた。
また、硬度の測定ために、仕上げ研磨されたスラスト型転動疲労試験片の最表面の硬度を、ビッカース硬度計で測定した。測定時の荷重は、300gfであった。
また、圧痕盛上り高さの測定ために、クリーン環境で10,000サイクル転送したスラスト型転動疲労試験片の軌道部表面にロックウェル圧痕を付与し、その盛上り高さを表面粗さ測定機で測定した。ロックウェルの荷重は1470Nであった。
き裂の発生状況を確認するため、異物環境下でのスラスト転がり疲れ寿命試験後のスラスト型転動疲労試験片の代表1枚における軌道部全周を光学顕微鏡で観察し、き裂の個数を計測し、き裂発生密度として求めた。
結晶粒径の観察のため、最終的な焼入れと焼戻しを行った試験片について鏡面研磨を行い、研磨面を飽和ピクリン酸溶液を用いて腐食を行い、旧オーステナイト粒界を現出させた。続いて平均オーステナイト粒直径(粒径と略記)をJIS G0551に記載の「鋼-結晶粒度の顕微鏡試験方法」に準じて求めた。
き裂の伝播状況を確認するため、異物環境下でのスラスト転がり疲れ寿命試験後の圧痕周縁の断面からき裂とミクロ組織をSEMを用いて観察した。
表2において、実施例の残留γ量は比較例よりも高かったが、圧痕盛上り高さとき裂の発生頻度に差異はなく、き裂の発生抑制から実施例の優位性は見られなかった。
また、寿命試験後の圧痕周縁のき裂観察について、実施例である加工No.1~8は、比較例である加工No.9~13に対して明らかにき裂の全長が短く、レンズ状マルテンサイトの周囲に微細な残留γが多量に存在していることにより、き裂の伝播が遅延していることが示された。
実施例のNo.2~8は、加工No.1と同様にレンズ状マルテンサイトと微細残留γ分散組織のミクロ組織と同様の大きさレベルである数μmオーダーでき裂の先端が分岐または停留していた。これは、き裂の先端の分岐にエネルギーが消費されることによって、き裂が伝播するための駆動力が低下していることを示す。したがって、実施例No.1~8では、ミクロ組織の適正制御に起因してき裂の伝播が遅延していることが確認された。
以上の評価結果から、本発明の優位性は明らかである。
Claims (2)
- 質量%で、C:0.13~0.40%、Si:0.20~1.15%、Mn:0.20~1.80%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.00~3.50%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼を、さらに浸炭焼入焼戻し又は浸炭窒化焼入焼戻しした状態であって、
下記の式(1)で求められるマルテンサイト変態開始温度Msの値(℃)が、該鋼の最表面から100μmの深さ位置では140℃以下であること、
さらに該鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるレンズ状マルテンサイト組織が44vol%以上であって、かつ、残留オーステナイト量が25~50vol%であること、
を特徴とする、異物混入環境下での耐転がり疲れ特性に優れる軸受用鋼。
Ms=539-423C-30.4Mn-12.1Cr-17.7Ni-7.5Mo・・・式(1)
ここで、式(1)の右辺の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入される。含有しない元素が存在する場合は、該当する元素の含有量をゼロとして値を求める。なお、Msの値の単位は℃である。 - 請求項1記載の化学成分に加えて、さらに質量%で、Ni:0.10~4.0%、Mo%:0.03~1.00%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼を、さらに浸炭焼入焼戻し又は浸炭窒化焼入焼戻しした状態であって、
下記の式(1)で求められるマルテンサイト変態開始温度Msの値(℃)が、該鋼の最表面から100μmの深さ位置では140℃以下であること、
さらに該鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるレンズ状マルテンサイト組織が44vol%以上であって、かつ、残留オーステナイト量が25~50vol%であること、
を特徴とする、異物混入環境下での耐転がり疲れ特性に優れる軸受用鋼。
Ms=539-423C-30.4Mn-12.1Cr-17.7Ni-7.5Mo・・・式(1)
ここで、式(1)の右辺の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入される。含有しない元素が存在する場合は、該当する元素の含有量をゼロとして値を求める。なお、Msの値の単位は℃である。
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