JP7532061B2 - 転がり疲れ寿命に優れた軸受用鋼 - Google Patents

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Description

本発明は、異物が混入して潤滑油が汚染された環境下でも長寿命が得られる軸受用鋼に関する。
軸受の使用環境として清浄な潤滑環境下で使用されない場合がある。たとえば、自動車や各種産業機器の変速機内に組み込まれた軸受では、変速機部品の摺動に伴う摩耗粉等が潤滑油を汚染し、それらの摩耗粉が軸受内部にも混入することが起こり得る。このような軸受使用環境下では、硬質な摩耗粉が軸受の転動体と軌道の間に噛み込まれることで軌道上に圧痕を形成することがある。すると、圧痕の上を転動体が周回することとなり、それによる転がり疲れの過程で圧痕周縁への応力集中が生じて軌道の表面からき裂が発生し、そのき裂が部品内部を伝ぱすることでやがて剥離に至る、すなわち表面起点型剥離が引き起こされる。
従来から、こうした表面起点型剥離による破損に対しては、部品の表面近傍における硬さを高めること、および残留オーステナイト量(残留γ量)を増量することが有効であるとされている。
前者は、たとえば駆動系部品の構成材が摩耗して生じた異物の硬さに対して、軸受部品の硬さをそれ以上に高めることで圧痕を付きにくくするものである。一般的な駆動系部品は、ロックウェル硬さで58HRC以上(ビッカース硬さで約650HV以上)に調整されていることが多く、そこから生じる異物も同程度の硬さを持つ可能性がある。そこで、その異物の硬さを上回る硬さを軸受に付与することは圧痕を軽減することに寄与する。
後者は、焼入れされた母相の硬さに比べて軟らかいγ層を部品の表面付近で増やすことにより、圧痕が付与された際に圧痕周縁に生じる盛上りを抑制する効果があるとされ、圧痕への応力集中作用を弱める狙いがある。
このように、部品の硬さを高めることと残留γ量を増量させることは、いずれも圧痕周縁部におけるき裂の発生自体を抑制することを目的としている。
また、特許文献1には、軸受鋼の鋼成分の成分範囲を特定の範囲に規定し、浸炭処理後の鋼の表層部の全炭素量と固溶炭素量、微細球状炭化物の量と、表面硬さを規定することでき裂の発生を抑制することに加え、表層部の圧縮残留応力によるき裂の進展を抑制することによる異物混入環境下での長寿命化を意図したすべり接触部品が提案されている(特許文献1参照。)。
特許第2004-59994号公報
圧痕周縁への応力集中によって部品の表面からき裂が発生し、やがて剥離に至る、という表面起点型剥離に対し、部品の長寿命化をより図っていくためには、原因となるき裂の発生を抑制することに加えて、発生したき裂の伝播を抑制することも重要である。
たしかに、特許文献1の提案は、異物混入環境下における長寿命を志向して、き裂の発生に加えてき裂の進展を抑制しようと試みるものである。もっとも、この提案は、表層部の圧縮残留応力に着目するのみに留まっていた。すると、鋼の組織形態についての検討が十分ではないことから、き裂の伝播の抑制手段としては未だ十分とはいえず、さらに工夫する余地が残されていた。
たとえば、鋼中のマルテンサイトの形態としては、ラス形態、レンズ状形態、薄板状形態といったものが知られている。そこで、マルテンサイトの組織形態や、残留γの分散状態などのミクロ組織の制御を検討することで、き裂の伝播の仕方に影響する余地がありうると考えた。
そこで、本発明が解決しようとする課題は、異物混入環境下の転がり疲れにおける表面起点型剥離の要因であるき裂の伝播を抑制することによって、従来よりも長寿命化しうる軸受用鋼を提供することである。具体的には、浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しされた軸受用鋼のミクロ組織の構成相である残留オーステナイトとマルテンサイトについて、その形態・体積分率を適切に制御することによって、従前より長寿命化した軸受用鋼を提供することである。
本願発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しされた軸受用鋼のミクロ組織について、レンズ状マルテンサイトの周囲に残留γが分散した組織とすることによって、異物環境下の転がり疲れにおける寿命が向上することを見出した。
そして、さらなる寿命向上のためには、浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しされた軸受用鋼の残留γとマルテンサイトについて、その体積分率についても適正に制御することが重要であることを見出した。
続いて、異物が混入して軌道表面に圧痕が付与される環境を模擬した転がり疲れ試験を実施し、圧痕周囲で表面から発生したき裂の伝播挙動とミクロ組織との関係性を調べた結果、レンズ状マルテンサイトの周囲に残留γが微細に分散したミクロ組織とした場合には、き裂の先端がミクロ組織と同程度の大きさレベルである微細なオーダーで分岐または停留を起こし、き裂の伝播が抑制されることを突き止めた。
これらの知見に基づいて、本願発明者らは、浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼戻しされた軸受用鋼のミクロ組織の構成相としての残留γとマルテンサイトについて、その形態・体積分率を適切に制御することにより、軸受用鋼のはく離寿命の延長が可能なことを見出し、本発明に至った。
そこで、上記の課題を解決するための本発明の第1の手段は、質量%で、C:0.13~0.40%、Si:0.20~1.15%、Mn:0.20~1.80%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.00~3.50%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼を、さらに浸炭焼入焼戻し又は浸炭窒化焼入焼戻しした状態であって、
下記の式(1)で求められるマルテンサイト変態開始温度Msの値(℃)が、該鋼の最表面から100μmの深さ位置では140℃以下であること、
さらに該鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるレンズ状マルテンサイト組織が30vol%以上であって、かつ、残留オーステナイト量が25~50vol%であること、を特徴とする、異物混入環境下での耐転がり疲れ特性に優れる軸受用鋼である。

Ms=539-423C-30.4Mn-12.1Cr-17.7Ni-7.5Mo・・・式(1)

ここで、式(1)の右辺の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入される。含有しない元素が存在する場合は、該当する元素の含有量をゼロとして値を求める。なお、Msの値の単位は℃である。
その第2の手段は、第1の手段に記載の化学成分に加えて、さらに質量%で、Ni:0.10~4.0%、Mo%:0.03~1.00%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼を、さらに浸炭焼入焼戻し又は浸炭窒化焼入焼戻しした状態であって、
上記の式(1)で求められるマルテンサイト変態開始温度Msの値(℃)が、該鋼の最表面から100μmの深さ位置では140℃以下であること、
さらに該鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるレンズ状マルテンサイト組織が30vol%以上であって、かつ、残留オーステナイト量が25~50vol%であること、
を特徴とする、異物混入環境下での耐転がり疲れ特性に優れる軸受用鋼である。
本発明の手段によると、浸炭焼入焼戻し後または浸炭窒化焼入焼戻し後の鋼のマルテンサイト変態開始温度Msの範囲が該鋼の最表面から100μmの深さ位置では140℃以下であり、かつ該鋼の最表面から100μmの深さ位置における残留γ量が25~50vol%であってレンズ状マルテンサイト組織が30vol%以上の軸受用鋼およびこの鋼からなる軸受部品である。そこで、異物が混入環境下において、代表的な軸受用素材であるJIS規定の高炭素クロム軸受鋼鋼材SUJ2に比して2倍以上の疲労寿命を有し、異物混入環境下での寿命特性に優れることから、部品の長寿命化に効果を奏するものとなっている。
本発明の実施の形態の一例である浸炭における熱処理パターンを示す。 (a)加工No.1及び(b)加工No.9における、き裂の様子を観察した電子顕微鏡の二次電子像である。上段が全体像、中段がき裂先端部分の拡大図、下段がき裂先端部分の模式図である。
本発明を実施するための形態についての説明に先立ち、まず、本発明の手段に記載の軸受用鋼の化学成分について、その成分範囲の規定理由ならびに当該鋼のミクロ組織についての規定理由や、マルテンサイト変態開始温度を規定する理由について以下に説明する。なお、化学成分の%は質量%であり、残留γ量、およびレンズ状マルテンサイトの体積分率の%はvol%である。また、マルテンサイト変態温度Msの単位は℃である。
成分範囲の規定理由について
C:0.13~0.40%
Cは、鋼製部品を焼入れしたときの芯部の焼入れ性、あるいは鋼製部品の鍛造性や機械加工性に影響する元素である。Cは0.13%未満では十分な芯部の硬さが得られずに強度が低下するので、Cは0.13%以上の添加が必要である。
一方、Cは0.40%より多く添加すると、鋼素材の硬さが増加し、被削性および鍛造性等の加工性を阻害する。
そこで、Cは0.13~0.40%とし、好ましくは、0.15~0.30%とする。
Si:0.20~1.15%
Siは、脱酸に必要な元素であり、さらに、高温環境での鋼素材の強度を高め、疲労の進行の抑制により、転動疲労寿命の向上につながる元素である。これらの効果を十分に得るためには、Siは0.20%以上の添加が必要である。また、Siは、残留γの安定度を高める。 一方、Siは1.15%より多くなると、鋼素材の硬さが増加し、被削性および鍛造性等の加工性を阻害し、また、浸炭阻害を起こしやすくなり、浸炭または浸炭窒化しても十分な材料強度が得られない。そこで、Siは0.20~1.15%とし、好ましくは0.25~0.80%とし、より好ましくは0.25~0.65%とする。
Mn:0.20~1.80%
Mnは、焼入れ性の確保に必要な元素であると同時に、γ安定化元素であるため、鋼素材を浸炭または浸炭窒化後に焼入れした際、残留γ量を増加させ、異物混入環境下の圧痕周縁におけるき裂の発生と伝播の抑制に寄与する元素である。また、Mnは、マルテンサイト変態開始温度Msを低下させることで、低温で生成するレンズ状マルテンサイトの生成を促進する。さらに、Mnは、残留γの安定度を高める。これらの効果を十分に得るには、Mnは0.20%以上の添加が必要である。
一方、Mnは1.80%より多くなると、鋼素材の硬さが増加し、被削性および鍛造性等の加工性を阻害する。
そこで、Mnは0.20~1.80%とし、好ましくは、0.45~1.60、さらに好ましくは、0.65~1.25%とする。
P:0.030%以下
Pは、0.030%より多く含有されると、鋼素材を脆化させ、疲労強度を低下させる元素である。そこで、Pは0.030%以下に制限する。
S:0.030%以下
Sは、0.030%より多く含有されると、鋼素材の冷間加工性を阻害し、疲労強度を低下させる元素である。そこで、Sは0.030%以下に制限する。
Cr:1.00~3.50%
Crは、焼入れ性の確保に必要な元素であり、鋼素材を浸炭または浸炭窒化後に焼入れした際に、残留γ量を増加させ、異物混入環境下の圧痕周縁におけるき裂の発生と伝播の抑制に寄与する元素である。Crはマルテンサイト変態開始温度Msを低下させることで、低温で生成するレンズ状マルテンサイトの生成を促進する。さらにCrは、残留γの安定度を高める。また、Crは微細で均質に分散した残留γを形成するのに有効であり、異物混入環境下の圧痕周縁におけるき裂の発生と伝播の抑制効果をさらに高める。これらの効果を得るには、Crは1.00%以上の添加が必要である。
一方、Crは過剰になると浸炭または浸炭窒化時に、鋼材最表面で酸化物を形成することで浸炭阻害を引き起こしやすくなり、強度不足につながる元素であるので、Crは3.50%以下とする必要がある。
そこで、Crは1.00~3.50%とし、好ましくは1.10~3.20%とし、より好ましくは1.30~2.25%とする。
Ni:0.10~4.00%
Niは、添加により鋼の焼入れ性を高める元素であると同時に、γ安定化元素であるため、鋼素材の浸炭または浸炭窒化後に焼入れした際に残留γ量の増加をもたらす。また、Niは、マルテンサイト変態開始温度Msを低下させることで、低温で生成するレンズ状マルテンサイトの生成を促進する。さらに、Niは、残留γの安定度を高める。これらの効果を十分に得るには、Niは0.10%以上の添加が必要である。
一方、Niは過剰に添加すると、素材コストが大きく増加するので、4.00%を上限として添加するのが良い。
そこで、Niは0.10~4.00%とする。望ましくは、Niは0.25~2.50%とする。
Mo:0.03~1.00%
Moは、添加により鋼材の焼入性を高める元素であり、鋼材を浸炭または浸炭窒化した際に、残留γ量を増加し、組織を均質化し、残留γを均質に分布させるのに有効である。また、Moは、マルテンサイト変態開始温度Msを低下させることで、低温で生成するレンズ状マルテンサイトの生成を促進する。さらに、Moは、残留γの安定度を高める。これらの効果を十分に得るためには、Moは0.03%以上が必要である。
一方、Moは過剰に添加すると素材コストが大きく増加し、また、組織を均質化する組織変化の抑制の効果は1.00%で飽和するので、Moは1.00%以下の添加とする。そこで、Moは0.03~1.00%とし、好ましくは、0.10~0.65%とする。
浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しされた鋼の最表面から100μmの深さ位置を評価する理由
浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しされた鋼の最表面から100μmの深さ位置では、部品として仕上げした状態では部品の最表面付近に相当する。最表面付近では、硬質の異物が混入する軸受の使用環境下の転がり疲れにおいて異物が軌道面に噛みこまれて生じた圧痕の周縁から表面起点のき裂が生じ、そのき裂は、比較的高い繰り返しの応力の影響を受ける。作用応力としては、引張応力とせん断応力が考えられる。主として、この領域付近において転がり疲れの作用によってき裂が伝播することが寿命を左右すると考えられる。そこで、この深さ領域付近におけるき裂の伝播を抑制することが重要となる。そのために本発明では、浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しされた鋼の最表面から100μmの深さ位置において、マルテンサイト変態開始温度Ms、残留γの量および、レンズ状マルテンサイト組織の体積分率、を規定する。
浸炭焼入焼戻しされた鋼または浸炭窒化焼入焼戻しされた鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるマルテンサイト変態開始温度Msを140℃以下とすること
浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻しにおいて、マルテンサイトの形態をレンズ状マルテンサイト主体に制御することにより、異物混入環境下での転がり疲れ寿命を向上させることができる。そのためには、浸炭焼入焼戻しされた状態または浸炭窒化焼入焼戻しされた状態の鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるマルテンサイト変態開始温度Msを140℃以下とするとよい。
他方、これらの深さ位置におけるMs点の温度が140℃を上回る場合には、レンズ状マルテンサイトの所要量を確保しにくくなることから、疲労寿命の向上が難しくなる。
なお、マルテンサイト変態開始温度Msは、浸炭もしくは浸炭窒化後の試料を用いて、以下の式(1)の計算で求めることができる。なお、鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるマルテンサイト変態開始温度であるから、Cについては浸炭した鋼の最表面から100μmの位置の炭素濃度を用いる。
Ms=539-423C-30.4Mn-12.1Cr-17.7Ni-7.5Mo・・・式(1)
ここで、式(1)の右辺の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入される。含有しない元素が存在する場合は、該当する元素の含有量をゼロとして値を求める。なお、Msの値の単位は℃である。
浸炭焼入焼戻しされた鋼または浸炭窒化焼入焼戻しされた鋼の最表面から100μmの深さ位置における残留オーステナイト量:25~50vol%
残留γは異物混入環境下の転がり疲れにおける圧痕周縁の盛上りを軽減させ、き裂の発生抑制に有効である。さらに、レンズ状マルテンサイトの周囲に隣接するように残留γを生成させておくことによって、異物混入環境下の転がり疲れにおけるき裂の伝播を遅らせ、はく離の抑制に有効に作用する。これらの効果を得るために、残留γ量は25vol%以上が必要である。
一方、残留γ量が50vol%より多くなると、転がり疲れ部品として必要な鋼の硬さが得られず、また使用中の寸法安定性を悪化させる。そのため残留γ量は50vol%以下とする。
そこで、浸炭焼入焼戻し又は浸炭窒化焼入焼戻し後の該鋼の最表面から100μmの範囲における残留γ量は25~50vol%とし、より望ましくは、残留γ量は30~50vol%とし、さらに望ましくは、残留γ量は35~50vol%とする。
浸炭焼入焼戻しされた鋼または浸炭窒化焼入焼戻しされた鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるレンズ状マルテンサイトの量:30vol%以上
マルテンサイトの形態をレンズ状マルテンサイト組織主体に制御することで、ラス状マルテンサイト組織を主体とする場合に比べて、異物混入環境下の転がり疲れにおけるき裂の伝播を遅らせ、はく離の抑制に有効に作用する。その効果を得るには、レンズ状マルテンサイト組織の体積分率を30vol%以上とするのがよい。
次いで、具体的な発明の実施の形態について説明する。
表1の試料No.A~Mに示す化学成分の試料をそれぞれ100kg真空溶解炉で溶製した。実施例鋼No.A~Hは本発明の規定する範囲を満足する。比較例鋼No.I~Mの試料は、本発明の規定する範囲から一部が外れている。なお、比較例鋼No.I、JはJIS規定の高炭素クロム軸受鋼鋼材であるSUJ2である。
Figure 0007532061000001
さて、No.A~H、K~Mの鋼は、1250℃で直径65mmに鍛伸して、900℃で1時間保持した後、空冷して焼ならしを行った。他方、比較例鋼No.I、JのSUJ2については、1150℃で直径65mmに鍛伸して、900℃で1時間保持した後、空冷して焼ならしを行ってから、さらに800℃で球状化焼鈍しを実施した。
その後、No.A~Mの鋼を、外径60mm、内径20mm、厚さ6.2mmのスラスト型転動疲労試験片へと粗加工した。なお、実施の形態はこの試験片の形状に限らない。たとえば、軸受等の部品形状の鋼に浸炭焼入焼戻し又は浸炭窒化焼入焼戻しを施して本発明の特性を備えたものであれば本発明の鋼に属する。
続いて、比較例鋼No.I、J、Kを除く、実施例鋼No.A~H、比較例L、Mについて、スラスト型転動疲労試験片を、図1に示す浸炭焼入れパターンの条件(浸炭温度:930℃、狙いのカーボンポテンシャル=0.85~0.90%)でガス浸炭焼入れを実施した後に、180℃で90分保持して空冷することで焼戻し処理を実施した。
そして、実施例鋼No.C、E、Gについて、上記のガス浸炭焼入れ、焼戻し処理後に、850℃で30分保持した後、空冷する二次焼入れを実施し180℃で90分保持して空冷することで焼戻し処理を実施した。これらは表1に記載の通り、加工No.1~8、12、13とした。
また、比較例鋼No.I、J、Kについては、浸炭は行わず840℃で30分保持して油冷を行い、焼入れした後に、180℃で90分保持して空冷することで焼戻し処理を実施した。これを表2に記載の通り、加工No.9~11とした。
以上の熱処理を行った後に、全ての試験片については、試験面を0.10mm研磨し、さらに反対側を研磨することで高さを6.0mmに仕上げた。また、これらの試験面は、バフ研磨にて鏡面仕上げとした。
なお、図1に示した浸炭焼入れパターンは一例であり、これ以外の浸炭焼入れパターンや浸炭窒化焼入れパターンにより、本発明の範囲を満たすようにしてもよい。また、浸炭後あるいは浸炭窒化後に2次焼入れを行うことについても、本発明の範囲を満たすように条件を選定して実行してもよい。
[異物環境下スラスト転がり疲れ寿命試験]
以上のとおり作製したスラスト型転動疲労試験片を使用し、異物が混入する環境を想定した寿命を測定するために、スラスト型転動疲労試験を行って、はく離までの転動疲労寿命(サイクル数、ここではL50 寿命で評価。)を評価した。
条件については最大ヘルツ接触応力は5.2GPa、転動体は3/8インチ鋼球を三球使用し、潤滑はISO VG10の油浴潤滑とした条件下で、クリーン環境で10,000サイクル転送後に異物(高硬度粉末ハイス粉、硬さ830Hv、粒径100~170μm、異物の混入割合は潤滑油1リットル当たり高硬度粉末ハイス粉を1g混入)を投入し、剥離で停止した。
[マルテンサイト変態開始温度Msの算出]
また、マルテンサイト変態開始温度Msの計算のために、上記した熱処理後のスラスト型転動疲労試験片の断面深さ方向にEPMA測定を行って、試験片の表面から100μmの位置の炭素濃度値(式(1)のCの値を指し、表1においてはこれをC'の値として示す。)を求め、下記の(式1)で求められるマルテンサイト変態開始温度Msをそれぞれ算出した。
Ms(℃)=539-423C-30.4Mn-12.1Cr-17.7Ni-7.5Mo・・・式(1)
ここで、式(1)の右辺の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入される。含有しない元素が存在する場合は、該当する元素の含有量をゼロとして値を求める。なお、Msの値の単位は℃である。
なお、比較例I,Jは浸炭は行わず840℃での焼入れを行っており、その温度では炭素の一部は炭化物(セメンタイト)を形成して母相には固溶していないため、表1のC'は炭化物形成分を考慮して母相に固溶した炭素量を記載しており、このC'をもとに算出している。比較例Kは同様の840℃で焼入れしているが、その温度で炭素は全量が母相に固溶するため、C'は炭素含有量と同様である。
[レンズ状マルテンサイト組織の体積分率の測定、残留γ量の測定]
続いて、レンズ状マルテンサイト組織の体積分率の測定について説明する。レンズ状マルテンサイト組織の体積分率は、上記の熱処理後のスラスト型転動疲労試験片の最表面から100μmの深さ位置について鏡面研磨およびナイタール腐食ののちに走査型電子顕微鏡(SEM)による二次電子像を撮像し、それらの画像写真を用いてポイントカウンティング法によって求めた。
また、同様に熱処理後のスラスト型転動疲労試験片を用いて最表面から100μmの位置の深さとなるまで電解研磨を実施した後に、X線回折法を用いて残留γ量の測定を行った。
[硬度の測定]
また、硬度の測定ために、仕上げ研磨されたスラスト型転動疲労試験片の最表面の硬度を、ビッカース硬度計で測定した。測定時の荷重は、300gfであった。
[圧痕盛上り高さの測定]
また、圧痕盛上り高さの測定ために、クリーン環境で10,000サイクル転送したスラスト型転動疲労試験片の軌道部表面にロックウェル圧痕を付与し、その盛上り高さを表面粗さ測定機で測定した。ロックウェルの荷重は1470Nであった。
[き裂発生密度調査]
き裂の発生状況を確認するため、異物環境下でのスラスト転がり疲れ寿命試験後のスラスト型転動疲労試験片の代表1枚における軌道部全周を光学顕微鏡で観察し、き裂の個数を計測し、き裂発生密度として求めた。
[粒径の観察]
結晶粒径の観察のため、最終的な焼入れと焼戻しを行った試験片について鏡面研磨を行い、研磨面を飽和ピクリン酸溶液を用いて腐食を行い、旧オーステナイト粒界を現出させた。続いて平均オーステナイト粒直径(粒径と略記)をJIS G0551に記載の「鋼-結晶粒度の顕微鏡試験方法」に準じて求めた。
[寿命試験後の圧痕周縁のき裂ならびに組織観察]
き裂の伝播状況を確認するため、異物環境下でのスラスト転がり疲れ寿命試験後の圧痕周縁の断面からき裂とミクロ組織をSEMを用いて観察した。
表2に、各加工No.について、本発明で規定した事項に関する各種測定結果ならびにはく離寿命の評価結果を示す。
Figure 0007532061000002
表2において、本発明に規定する範囲を満足する実施例である加工No.1~8は、本発明に規定する範囲を満たさない比較例である加工No.9~13に対して、異物混入環境下における転がり疲れ寿命に優れていることが明らかである。
表2において、実施例の残留γ量は比較例よりも高かったが、圧痕盛上り高さとき裂の発生頻度に差異はなく、き裂の発生抑制から実施例の優位性は見られなかった。
また、寿命試験後の圧痕周縁のき裂観察について、実施例である加工No.1~8は、比較例である加工No.9~13に対して明らかにき裂の全長が短く、レンズ状マルテンサイトの周囲に微細な残留γが多量に存在していることにより、き裂の伝播が遅延していることが示された。
図2に、加工No.1とNo.9のき裂のSEMによる二次電子像とき裂先端部分の模式図を示す。図2において、実施例のNo.1ではき裂の先端が数μmオーダーで分岐しており、比較例のNo.9ではき裂の先端は分岐がみられなかった。
実施例のNo.2~8は、加工No.1と同様にレンズ状マルテンサイトと微細残留γ分散組織のミクロ組織と同様の大きさレベルである数μmオーダーでき裂の先端が分岐または停留していた。これは、き裂の先端の分岐にエネルギーが消費されることによって、き裂が伝播するための駆動力が低下していることを示す。したがって、実施例No.1~8では、ミクロ組織の適正制御に起因してき裂の伝播が遅延していることが確認された。
さらに、実施例の中で寿命が4.0×106サイクル以上であった加工No.3、5、7は粒径が微細であった。したがって、浸炭焼入れ、焼戻し処理後に二次焼入れを施すことにより、き裂の伝播抑制がさらに強化されうることが示された。
上記のき裂観察の結果から、実施例ではき裂の発生抑制による効果よりも、き裂の伝播抑制の効果が顕著に表れることで、異物環境下における長寿命を達成することが確認された。もちろん、本発明の効果は、硬さの向上などによるき裂の発生抑制効果を向上させる手段と組み合わせれば相乗効果を得ることができるので、き裂の発生を抑制する手段と組み合わせることで、さらなる寿命向上が図られることとなる。
図2に示されとおり、実施例の軸受用鋼では表面で発生したき裂の伝播の遅延が生じることで、異物が混入して潤滑油が汚染された環境下でも長寿命が得られる機械部品が得られ得る。
以上の評価結果から、本発明の優位性は明らかである。
以上のように、本発明の手段によると、異物が混入するような過酷な転がり疲れ環境下において、代表的な軸受用素材であるJIS規定の高炭素クロム軸受鋼鋼材SUJ2に比して2倍以上の疲労寿命を有し、異物混入環境下での寿命特性に優れることから、部品の長寿命化に効果を奏するものとなる。このことは、使用中に鋼中に異物が侵入し、圧痕を起因とする転がり疲れによるき裂が発生する実際の使用環境を模擬して、最大接触面圧5.2GPaでスラスト型転動疲労試験機を用いて、クリーン環境下で転送した後に、硬質異物を模擬した粉末を投入しはく離までの寿命を評価することによって確認されており、代表的な軸受用素材であるJIS規定の高炭素クロム軸受鋼鋼材SUJ2に対して2倍以上の疲労寿命を有し、異物混入環境下での寿命特性に優れることから、本発明の手段は、部品の長寿命化に効果を奏するといえる。
本発明に係る軸受用鋼を用いると、たとえば、ボールベアリング、ころ、ボールレースなどの軸受部品をはじめとした種々の製品が好適に製造されうる。

Claims (2)

  1. 質量%で、C:0.13~0.40%、Si:0.20~1.15%、Mn:0.20~1.80%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.00~3.50%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼を、さらに浸炭焼入焼戻し又は浸炭窒化焼入焼戻しした状態であって、
    下記の式(1)で求められるマルテンサイト変態開始温度Msの値(℃)が、該鋼の最表面から100μmの深さ位置では140℃以下であること、
    さらに該鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるレンズ状マルテンサイト組織が44vol%以上であって、かつ、残留オーステナイト量が25~50vol%であること、
    を特徴とする、異物混入環境下での耐転がり疲れ特性に優れる軸受用鋼。

    Ms=539-423C-30.4Mn-12.1Cr-17.7Ni-7.5Mo・・・式(1)

    ここで、式(1)の右辺の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入される。含有しない元素が存在する場合は、該当する元素の含有量をゼロとして値を求める。なお、Msの値の単位は℃である。
  2. 請求項1記載の化学成分に加えて、さらに質量%で、Ni:0.10~4.0%、Mo%:0.03~1.00%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼を、さらに浸炭焼入焼戻し又は浸炭窒化焼入焼戻しした状態であって、
    下記の式(1)で求められるマルテンサイト変態開始温度Msの値(℃)が、該鋼の最表面から100μmの深さ位置では140℃以下であること、
    さらに該鋼の最表面から100μmの深さ位置におけるレンズ状マルテンサイト組織が44vol%以上であって、かつ、残留オーステナイト量が25~50vol%であること、
    を特徴とする、異物混入環境下での耐転がり疲れ特性に優れる軸受用鋼。
    Ms=539-423C-30.4Mn-12.1Cr-17.7Ni-7.5Mo・・・式(1)

    ここで、式(1)の右辺の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量が代入される。含有しない元素が存在する場合は、該当する元素の含有量をゼロとして値を求める。なお、Msの値の単位は℃である。
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