JP7828631B2 - 動植物又は出土文化遺物の保存方法 - Google Patents

動植物又は出土文化遺物の保存方法

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Description

本発明は、動植物や出土文化遺物を、出土する以前の状態のまま長期保存するための方法、特に、高級アルコールを用いる動植物又は出土文化遺物(以下、「遺物等」という。)の保存方法の改良に関する。
一般的に、遺物等は人類の文化遺産であり、人類の生活様式、環境の変遷を解明する上でもその保存は極めて重要なものである。したがって、遺物等の保存処理に際しては、遺物等が存在した状態のままで永年保存されるように処理されることが望まれる。
ところで、遺物等は、陸上で見出されたもののほか、特に遺跡周溝から出土されたものは、通常、粘土層や泥土層に埋納されているために水を過飽和状態で含んでいることが多い。このため、出土後の遺物等、特に木製遺物は主成分であるセルロースが分解流出し、出土当初は含水により外観を辛うじて保持しているとしても、乾燥が進むにつれて激しい収縮を起こし、原形を留めない程度にまで変形することがある。動植物についても、乾燥が進むにつれて収縮を起こし、原形を留めない程度に変形することがある。
このため、従来より、遺物等の保存処理の対象物(以下、「対象物」という。)の原形を保持するための対策として、対象物を、加熱溶融したポリエチレングリコールのような水溶性樹脂に含浸させる方法(ポリエチレングリコール含浸法)、第3ブチルアルコールとポリエチレングリコールとを一定の割合で混合した混合物に含浸して処理した後、真空凍結乾燥させる方法(真空凍結乾燥法)、あるいは、高級アルコールの溶解物に含浸させる方法、などが採用されてきた。
しかしながら、ポリエチレングリコール含浸法では、ポリエチレングリコールを溶解温度付近で使用すると、長期間の間に空気酸化を受け、ポリエチレングリコールが低分子量のものに経時変化することが懸念されている。また、ポリエチレングリコールは、水溶性で空気中の水分を吸収するために、保存処理後の対象物(以下、「処理後対象物」という。)に変形や割れなどが生じやすいという欠点もあり、保存性を高めるためには保存のための施設などの設置環境を整えねばならないないという難点や、含浸処理に要する日数が長期間に及ぶという難点がある。
一方、真空凍結乾燥法においても、ポリエチレングリコールが対象物の内部に50~60%程度も含まれているために保存性について上記同様の問題点がある。加えて保存対象物が大きくなると形状変化率が大きくなるという傾向が見られる。
そこで、常温状態でも温度の影響を受けにくく、保存処理の日数を著しく短縮でき、遺物等の原形を長期間保存し得る保存方法として、高級アルコールを使用する方法が先行例により提供されている(特許文献1参照)。特許文献1に記載されている高級アルコールを使用する出土文化遺物の保存方法は、本願出願人が既に提供したものである。
特許文献1には、下記のような工程からなる2種類の出土文化遺物の保存方法についての記述がある。すなわち、この出土文化遺物の保存方法は、出土した文化遺物を炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルコールよりなる水溶性溶剤に浸漬して文化遺物の含浸水を水溶性溶剤で置換する第1工程と、高級アルコール組成物よりなる難水溶性溶剤に、炭素数16~22の飽和高級アルコールとアルキレンオキサイドのみからなる化合物を、上記高級アルコール組成物の融点範囲を超えない範囲の量(融点範囲が維持される範囲内に制限した量)を加えることによって調製した難水溶性溶剤に、上記水溶性溶剤に含浸させた文化遺物を浸漬して文化遺物の含浸水溶性溶剤を難水溶性溶剤で置換する第2工程と、難水溶性溶剤を含浸させた文化遺物を固化させる第3工程と、からなる。
また、他の種類の出土文化遺物の保存方法は、上記第1工程と同様の第1工程と、上記同様に調製した難水溶性溶剤に、上記水溶性溶剤に含浸させた文化遺物を浸漬して文化遺物の含浸水溶性溶剤を40%まで難水溶性溶剤で置換する第2工程と、水溶性溶剤及び難水溶性溶剤を含浸させた文化遺物を真空下で凍結・乾燥させる第3工程と、からなる。
特許第4634517号公報
ところで、遺物等を、存在条件や変質状態、厚み、素材別などに分けて保存処理する場合には、「保存処理液の抗菌性や殺菌性が必要になる」といったような様々な処理条件を慎重に選び、対象物に応じた方法を適用する必要がある。上記した高級アルコールを使用する方法においても、高級アルコールを対象物の組織の細部まで浸透させること及び固化時の結晶化による処理後対象物の変形割れを極力少なくするための努力や改良が求められる。
本発明は、このような現状に着目してなされたもので、遺物等の保存方法として、高級アルコールを使用することを基本とし、保存処理完了後の処理後対象物が細密な構造を有し、常温状態でも湿度、外温、生物的外因などの影響を受けずに、しかも、保存処理以前の状態が変化せずに、そのまま長期にわたって保たれる遺物の保存方法を提供することを目的としている。
本発明の請求項1に係る動植物又は出土文化遺物の保存方法は、動植物又は出土文化遺物である保存処理対象物を炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルコールよりなる水溶性溶剤に浸漬して保存処理対象物の含浸水を水溶性溶剤で置換する第1工程と、第1工程を経由することによって水溶性溶剤を含浸させた保存処理対象物を、融点50~70℃の飽和アルコールを主体とする高級アルコールにカチオン系界面活性剤と、リグノフェノール又はリグノクレゾールを加えてなる難水溶性溶剤に浸漬して、保存処理対象物の含浸水溶性溶剤を難水溶性溶剤で置換する第2工程と、第2工程を経由することによって難水溶性溶剤を含浸させた保存処理対象物を固化させる第3工程と、からなる。この保存方法を便宜上「保存方法1」と略記する。
本発明の請求項2に係る動植物又は出土文化遺物の保存方法は、動植物又は出土文化遺物である保存処理対象物を炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルコールよりなる水溶性溶剤に浸漬して保存処理対象物の含浸水を水溶性溶剤で置換する第1工程と、第1工程を経由することによって水溶性溶剤を含浸させた保存処理対象物を、融点50~70℃の飽和アルコールを主体とする高級アルコールにカチオン系界面活性剤と、リグノフェノール又はリグノクレゾールを加えてなる難水溶性溶剤に浸漬して、保存処理対象物の含浸水溶性溶剤の少なくとも40%を難水溶性溶剤で置換する第2工程と、第2工程を経由することによって水溶性溶剤又は難水溶性溶剤を含浸させた保存処理対象物を真空下で凍結、乾燥させる第3工程と、からなる。この保存方法を便宜上「保存方法2」と略記する。
上記保存方法1,2において、対象物を難水溶性溶剤に浸漬する第2工程に先立って、水溶性溶剤に浸漬する第1工程を経由させる理由は、対象物を難水溶性溶剤に直ちに浸漬しても対象物の含浸水が難水溶性溶剤と円滑に入れ替わらず、難水溶性溶剤が対象物の組織の細部まで行き渡りにくいことによる。そこで、上記保存方法1,2のように、第2工程に先立って対象物を水溶性溶剤に浸漬する第1工程を行うと、対象物の含浸水が水溶性溶剤に溶け出してその水溶性溶剤と円滑に入れ替わり、この後、対象物を難水溶性溶剤に浸漬する第2工程を行うことにより、対象物に含浸されている水溶性溶剤が、当該水溶性溶剤と同様のアルコール系の難水溶性溶剤と円滑に入れ替わり、短時間の処理によって難水溶性溶剤が対象物の組織の細部まで行き渡るようになって処理後対象物の寸法安定性を向上させることができることによる。
また、上記保存方法1,2において、第1工程を経由することによって水溶性溶剤を含浸させた対象物を難水溶性溶剤に浸漬する第2工程では、融点50~70℃の飽和アルコールを主体とする高級アルコールにカチオン系界面活性剤(高級アルコールに可溶)を加えてなる難水溶性溶剤を対象物の状態に応じて使い分ける必要がある。たとえば、脆弱な対象物や脆化が進行している対象物を高い温度で処理すると、対象物が変形したり収縮したりしやすく、これとは逆に、対象物を低い温度で処理すると、処理後対象物が外温の影響を受けて寸法安定性が低下しやすくなることが判っている。このことをさらに説明すると、比較的状態の良い対象物については、比較的高い温度での処理が可能ではあるものの、対象物の性格上から、70℃以上の高温での処理は、対象物に収縮や変形が起こりやすいことが判っている。これに対して、融点50℃以下の高級アルコールを使用した場合には、対象物を第3工程を経由して固化させたり(保存方法1)、対象物を第3工程を経由して真空下で凍結、乾燥させたり(保存方法2)するときに、高級アルコールが溶融するおそれがあるうえ、処理後対象物が外温の影響を受けやすいことが判っている。このことから、融点が50~70℃の飽和アルコールを処理温度に応じて使い分けることが適切であると云える。
上記保存方法2における水溶性溶剤と高級アルコールにカチオン系界面活性剤を加えてなる難水溶性溶剤との置換割合は、最初に含浸させた水溶性溶剤の少なくとも40%程度が、後から含浸させた難水溶性溶剤と置換されていれば十分であり、好ましくは40~60%程度、特に50%程度が好適である。対象物に最初に含浸させた水溶性溶剤の少なくとも40%程度が、後から含浸させた難水溶性溶剤と置換されていると、その対象物を真空下で凍結、乾燥させる第3工程を経由させることにより、水溶性溶剤のみが蒸散して対象物から消失し、難水溶性溶剤が対象物の組織の細部まで行き渡るようになって処理後対象物の寸法安定性が向上する。
高級アルコールを用いた処理、具体的には、高級アルコールにカチオン系界面活性剤を加えてなる難水溶性溶剤に浸漬する保存方法1,2の第2工程を経由した保存処理対象物は白色を呈するという現象が見られることがある。この現象は、処理後対象物を出土以前の原形を保持させたまま保存することの障害になる。そこで、この点を解決するために、補色を目的として、上記難水溶性溶剤に天然物由来のリグノフェノール、リグノクレゾールを加え、このリグノフェノール、リグノクレゾールを殺菌性や抗菌性を有するカチオン系界面活性剤と併用することが望ましいと云える。高級アルコールに抗菌性、殺菌性があるカチオン系界面活性剤を加え、さらに場合によっては、防蟻性及び防腐性があるとされている天然物由来のリグノフェノールあるいはリグノクレゾールを補足剤、補色剤として使用すると、高級アルコールのみを用いる場合よりも対象物等に対する浸透が良くなって処理後対象物の寸法安定性が改善される。なお、対象物が動植物である場合には保存安定性も改善される。
本発明の請求項3に係る動植物又は出土文化遺物の保存方法は、上記難水溶性溶剤中でのカチオン系界面活性剤の含有量が、上記高級アルコールの融点範囲を超えない量である、というものである。「難水溶性溶剤中でのカチオン系界面活性剤の含有量が、高級アルコールの融点範囲を超えない量」とは、難水溶性溶剤に加えたカチオン系界面活性剤によって難水溶性溶剤の融点範囲が変化するとしても、難水溶性溶剤の融点範囲が高級アルコールの融点範囲を超えない程度のカチオン系界面活性剤の添加量、のことである。
本発明の請求項に係る動植物又は出土文化遺物の保存方法は、上記難水溶性溶剤は、炭素数16~22の高級アルコール85~98wt%に対して2~15wt%のカチオン系界面活性剤が加えられてなる、というものである。カチオン系界面活性剤の添加量が2wt%未満であると、カチオン系界面活性剤の添加の効果が発現しにくく、カチオン系界面活性剤の添加量が15wt%を超えると、高級アルコールにカチオン系界面活性剤を加えてなる難水溶性溶剤の必要量を確保しにくくなる。
本発明の請求項に係る動植物又は出土文化遺物の保存方法は、上記難水溶性溶剤中に含有されているカチオン系界面活性剤の一部に換えて、上記難水溶性溶剤の3%を上限にリグノフェノール又はリグノクレゾールが加えられている、というものである。難水溶性溶剤である高級アルコールとカチオン性界面活性剤の混合物は固化する場合がある。この場合は、カチオン性界面活性剤の一部を天然物由来のリグノフェノール又はリグノクレゾールで置き換えた融点50~70℃の範囲の高級アルコール混合物(難水溶性溶剤)を使用すると、温度条件により大きい結晶を生成することが防止され、亀裂の発生も防止される。このため、対象物の組織の細密部分に難水溶性溶剤をより確実に充填できるようになり、組織が難水溶性溶剤で完全に置換された処理後対象物が得られる。このことにより、処理後対象物の結晶の細密化、寸法安定性、保存安定性が一層改善され、広範な対象物の保存処理に有効になる。したがって、処理後対象物の寸法安定性などを保つためには、処理物の状態に応じて、融点50~70℃の飽和アルコールを主体とする高級アルコールと当該高級アルコールに可溶で殺菌性及び抗菌性を有するカチオン性界面活性剤とよりなる混合物を使用するか、殺菌性及び抗菌性を有するカチオン性界面活性剤の一部を天然物由来のリグノフェノール又はリグノクレゾールで置換した混合組成物を使用するのが最適である。
なお、保存方法1,2においては、炭素数16~22の高級アルコールとカチオン性界面活性剤及びその一部をリグノフェノール、リグノクレゾールで置換したものを含む組成物に可溶の炭素数8~12の脂肪酸グリコール、繊維素アルキルエーテル、防蟻剤、着色剤などを加えることも可能である。
本発明において、融点50~70℃の高級アルコールは炭素数16~22のものである。このような高級アルコールとしては、代表的なものとして、たとえば次のものがある。
・セチルアルコール70(融点50~54℃、C16アルコール70~75%、C18アルコール25~30%)
・セチルアルコール50(融点52~55℃、C16アルコール50~55%、C18アルコール45~50%)
・ステアリルアルコール(融点57.5~59.5℃、C16アルコール20%以下、C18アルコール80~90%)
・ベヘニルアルコール65(融点65~70℃、C22アルコール65~70%、C20アルコール20%以下、C18アルコール20%以下)
・セトステアリルアルコール(融点54~56℃、C16アルコール45~55%、C18アルコール45~65%)
上記した融点50~70℃の炭素数16~22の高級アルコールに加えるカチオン系界面活性剤は、高級アルコールに可溶で、かつ、その構造中に炭素数8~22の飽和又は不飽和の長鎖アルキル基を含むものであり、たとえば次のものを例示することができる。
・ドデシルジメチルベンジルアンモニュウムクロライド
・テトラデシルジメチルベンジルアンモニュウムクロライド
・ステアリルジメチルベンジルアンモニュウムクロライド
・ヘキサデシルジメチルベンジルアンモニュウムクロライド
・オクタデシルジメチルベンジルアンモニュウムクロライド
・オレイルジメチルベンジルアンモニュウムクロライド
・ベヘニルジメチルベンジルアンモニュウムクロライド
・セチルピリジニュウムクロライド
また、炭素数8~22の飽和又は不飽和の長鎖アルキル基を含むカチオン系界面活性剤の一部を置換して使用できるリグノフェノールやリグノクレゾールは、天然木材に含まれるリグニンをフェノールやクレゾールを用いて抽出したものよりなり、推定分子量1000~5000で熱流動点130~170℃のものであり、株式会社藤井基礎設計事務所により隠岐の島の製造プラントで製造されるものである。
本発明でいうところの遺物等に含まれる動植物とは、一般的にいう動植物の全てを対象とする。また、出土文化遺物とは、各種の遺跡や古墳から出土する製品(木片、丸木舟、木器等)、金属製品(円鏡、銅鐸、刀剣、釣針、鉄器等)、土製品(土器等)、動物製品(織物、人骨、獣骨等)、動植物質出土品(木の葉、織物、実、種子、麻、絹、漆塗膜等)の様々な遺物を含む。
本発明係る遺物等の保存方法によれば、難水溶性溶剤として高級アルコールのみを使用する遺物等の保存方法に比較して、固形の処理後対象物がより細密な構造を有するようになる。また、本発明に係る遺物等の保存方法によれば、より広範囲の対象物に使用することができるだけでなく、処理後対象物が湿度や外温などの影響を受けにくくなって処理以前の状態での長期保存が可能になる。また、難水溶性溶剤である高級アルコールとカチオン系界面活性剤との組成物、あるいは、高級アルコールとカチオン系界面活性剤の一部をリグノフェノール、リグノクレゾール置換したものを含む組成物が、処理後対象物の細密な構造を形成することになるので、処理後対象物は、保存周囲環境下の水分を吸収せず、経年変化やひび割れなどの問題を生じない。さらに、そのような特性を有する処理後対象物、たとえば処理後の動植物をより短時間の処理により得ることができる。
本発明に係る遺物等の保存方法を示した工程図である。 本発明に係る遺物等の他の保存方法を示した工程図である。
以下、この発明をさらに詳細に説明する。
保存方法1を示す図1において、第1工程では、対象物を炭素数1~4の直鎖(飽和)又は分岐のアルコールよりなる水溶性溶剤に浸漬し、対象物の含浸水を水溶性溶剤で置換する。この第1工程を経由することにより、対象物に過飽和状態で含まれている水分が水溶性溶剤と置換された対象物が得られる。
次の第2工程において、第1工程を経由することによって水溶性溶剤を含浸させた対象物を、融点50~70℃の飽和アルコールを主体とする高級アルコールにカチオン系界面活性剤を加えてなる難水溶性溶剤に浸漬して、対象物の含浸水溶性溶剤を難水溶性溶剤で置換する。この第2工程では、必要に応じて、難水溶性溶剤にリグノフェノール又はリグノクレゾールが加えられる。また、難水溶性溶剤中に含有されているカチオン系界面活性剤の一部に換えて、難水溶性溶剤の3%を上限にリグノフェノール又はリグノクレゾールが加えられる。この第2工程を経由することにより、水溶性溶剤が難水溶性溶剤に完全に置換された対象物が得られる。
最後の第3工程では、難水溶性溶剤を含浸させた対象物を常温、常圧下の空気中で冷却、固化させる。これにより保存方法1による保存処理が完了した処理後対象物が得られる。
保存方法2を示す図2において、第1工程では、対象物を炭素数1~4の直鎖(飽和)又は分岐のアルコールよりなる水溶性溶剤に浸漬し、対象物の含浸水を水溶性溶剤で置換する。この第1工程を経由することにより、対象物に過飽和状態で含まれている水分が水溶性溶剤と置換された対象物が得られる。
次の第2工程において、第1工程を経由することによって水溶性溶剤を含浸させた対象物を、融点50~70℃の飽和アルコールを主体とする高級アルコールにカチオン系界面活性剤を加えてなる難水溶性溶剤に浸漬して、対象物の含浸水溶性溶剤の少なくとも40%を難水溶性溶剤で置換する。この第2工程では、必要に応じて、難水溶性溶剤にリグノフェノール又はリグノクレゾールが加えられる。また、難水溶性溶剤中に含有されているカチオン系界面活性剤の一部に換えて、難水溶性溶剤の3%を上限にリグノフェノール又はリグノクレゾールが加えられる。
最後の第3工程では、水溶性溶剤及び難水溶性溶剤を含浸させた対象物を真空下で凍結・乾燥させる。これにより水溶性溶剤のみが蒸散して対象物から消失し、保存方法2による保存処理が完了した処理後対象物が得られる。
次に実施例を具体例を挙げて説明する。
[実施例
実施例では、遺跡から発見された出土遺物としての木片を保存方法2に従って処理した場合を例として説明する。
保存方法2も、途中の工程までは保存方法1とほぼ同様である。すなわち、第1工程では、水溶性溶剤である低級アルコールの一種である第3級ブチルアルコール中に木片を入れて1日から数日間浸漬する。浸漬中に木片中の水分はすべて第3級ブチルアルコールと入れ替わり、木片組織内の全部の含有水分が第3級ブチルアルコールで置換した木片が得られる。第3級ブチルアルコールに浸漬中に木片内の含有水分が第3級ブチルアルコール中に浸出して第3級ブチルアルコールの濃度が低下するので、適宜比重を測定し、途中で数回新しい第3級ブチルアルコールと交換する。
次の工程2の前処理として、低級アルコールの1種である第3級ブチルアルコールと高級アルコールである上記同様のステアリルアルコールとカチオン系界面活性剤であるセチルピリジニュウムクロライド4.5%とリグノフェノール0.5%との混合組成物(融点60.19℃)を恒温器に入れて62℃で溶解し、62℃に保ったものの中に木片を入れ数日間浸漬する。この前処理は、次の第2工程において第3級ブチルアルコールと難水溶性溶剤である高級アルコールとの濃度差、分子量差に起因する木片のひび割れや収縮を未然に防止するためのものである。
第2工程では、高級アルコールである上記同様のステアリルアルコールとカチオン系界面活性剤であるセチルピリジニュウムクロライド4.5%とリグノフェノール0.5%との混合組成物(融点60.91℃)を恒温器に入れて62℃で溶解し、62℃に保ったものの中に木片を数日間浸漬する。これにより木片の第3級ブチルアルコールが、ステアリルアルコールとセチルピリジニュウムクロライドとリグノフェノールとよりなる混合組成物に50%程度置換された時点で浸漬を終了し、木片を恒温器より取り出す。
第3工程では、冷凍庫で木片を急速冷凍した後、真空凍結乾燥装置を用いて木片を乾燥させる。これにより木片内に残存する第3級ブチルアルコールがすべて昇華して消失するけれども、ステアリルアルコールとセチルピリジニュウムクロライドとリグノフェノールとよりなる混合組成物は難昇華性個体であるから木片の組織内に残留する。乾燥の進行とともに木片は固化し、最終的に保存方法2で保存処理された固形の処理後対象物が得られる。この保存方法2で処理された文化遺物である処理後対象物(木片)は、出土以前の原形を保持しており、変形せずに半永久的に保存することができる。また、処理後対象物はこの種の文化遺物の保存処理に必要な可逆性を有する。
[実施例
この実施例では、収穫刈り取り7日後の稲の品種(亀の尾)を保存方法1に従って処理した場合を例として説明する。
第1工程1では、水溶性溶剤であるメチルアルコール中に1株の稲(亀の尾)を入れて数日間浸漬する。浸漬中に稲中の水分はすべてメチルアルコールと入れ替わり、稲組織内の全部の含有水分がメチルアルコールで置換した稲が得られる。メチルアルコールに浸漬中に稲内の含有水分がメチルアルコール中に浸出してメチルアルコールの濃度が低下するので、適宜比重を測定し、途中で数回新しいメチルアルコールと交換する。
次の第2工程の前処理として、低級アルコールであるメチルアルコールと高級アルコールである上記同様のステアリルアルコールとベンザルコニュウム型のカチオン性界面活性剤であるステアリルジメチルベンジルアンモニュウムクロライド4.5%との混合組成物(融点60.19℃)を恒温器に入れて62℃で溶解し、62℃に保ったものの中に前処理した稲を入れ数日間浸漬する。この前処理を行う理由は、上述したとおりである。
第2工程では、高級アルコールである上記同様のステアリルアルコールとベンザルコニュウム型のカチオン系界面活性剤であるステアリルジメチルベンジルアンモニュウムクロライド4.5%と補助剤としてのリグノクレゾール0.5%との混合組成物(融点60.20℃)を恒温器に入れて62℃で溶解し、62℃に保ったものの中に前処理後の稲を浸漬し、数日間浸漬する。これにより稲内のメチルアルコールが、ステアリルアルコールとステアリルジメチルベンジルアンモニュウムクロライドとリグノクレゾールとよりなる混合組成物に完全に置換される。置換終了後、稲を恒温器より取り出す。
第3工程では、稲を室温下で冷却、固化させることにより保存方法1で保存処理された処理後対象物(稲)が得られる。このようにして処理された文化遺物である処理後対象物は、出土以前の原形を保持しており、変形せずに半永久的に保存することができる。また、処理後対象物はこの種の文化遺物の保存処理に必要な可逆性を有する。
寸法安定性については、処理前の稲において10枚の葉の先端から10cm葉脈に沿った部分(葉脈方向部分)の長さと葉脈の垂直な部分(横方向部分)の長さを測定した値と、処理後の稲において同じ位置の長さを測定した値とを比較した。高級アルコールであるステアリルアルコールとベンザルコニュウム型のカチオン系界面活性剤であるステアリルジメチルベンジルアンモニュウムクロライドとリグノクレゾールとよりなる混合組成物を使用して保存処理した後の処理後対象物(1)に対して、難水溶性溶剤として上記同様のステアリルアルコールのみを使用して保存処理した後の処理後対象物(2)においても同様に処理前と処理後で測定し、処理後対象物(1)(2)の処理前後の寸法変化を比較した。
〔寸法変化〕
処理後対象物 葉脈方向 横方向
(1) 0.01% 0.1%
(2) 0.015% 0.2%
これにより、保存方法1で保存処理した処理後対象物(1)は処理後対象物(2)に比較して葉脈方向及び横方向の寸法変化が小さいことが分かる。

Claims (5)

  1. 動植物又は出土文化遺物である保存処理対象物を炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルコールよりなる水溶性溶剤に浸漬して保存処理対象物の含浸水を水溶性溶剤で置換する第1工程と、
    第1工程を経由することによって水溶性溶剤を含浸させた保存処理対象物を、融点50~70℃の飽和アルコールを主体とする高級アルコールにカチオン系界面活性剤と、リグノフェノール又はリグノクレゾールを加えてなる難水溶性溶剤に浸漬して、保存処理対象物の含浸水溶性溶剤を難水溶性溶剤で置換する第2工程と、
    第2工程を経由することによって難水溶性溶剤を含浸させた保存処理対象物を固化させる第3工程と、
    からなることを特徴とする動植物又は出土文化遺物の保存方法。
  2. 動植物又は出土文化遺物である保存処理対象物を炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルコールよりなる水溶性溶剤に浸漬して保存処理対象物の含浸水を水溶性溶剤で置換する第1工程と、
    第1工程を経由することによって水溶性溶剤を含浸させた保存処理対象物を、融点50~70℃の飽和アルコールを主体とする高級アルコールにカチオン系界面活性剤と、リグノフェノール又はリグノクレゾールを加えてなる難水溶性溶剤に浸漬して、保存処理対象物の含浸水溶性溶剤の少なくとも40%を難水溶性溶剤で置換する第2工程と、
    第2工程を経由することによって水溶性溶剤又は難水溶性溶剤を含浸させた保存処理対象物を真空下で凍結、乾燥させる第3工程と、
    からなることを特徴とする動植物又は出土文化遺物の保存方法。
  3. 上記難水溶性溶剤中でのカチオン系界面活性剤の含有量が、上記高級アルコールの融点範囲を超えない量である請求項1又は請求項2に記載した動植物又は出土文化遺物の保存方法。
  4. 上記難水溶性溶剤は、炭素数16~22の高級アルコール85~98%に対して2~15%のカチオン系界面活性剤が加えられてなる請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載した動植物又は出土文化遺物の保存方法。
  5. 上記難水溶性溶剤中に含有されているカチオン系界面活性剤の一部に換えて、上記難水溶性溶剤の3%を上限にリグノフェノール又はリグノクレゾールが加えられている請求項に記載した動植物又は出土文化遺物の保存方法。
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