以下、図面を参照して本発明を詳細に説明する。
1.材料の選定等
電気化学反応により熱作用部の表面層を腐食させて、堆積したコゲを均一かつ確実に除去するためには、上部保護層に均一に電位が印加されることが強く望ましい。しかし本発明者らは、上部保護層として用いられる材料が適切に選択されていないと、インクを発泡させるための加熱により高温にさらされることで、上部保護層の表面に酸化膜が形成され、電圧を印加しても所望の電気化学反応が妨げられてしまうことを見出した。そこで本発明者らは、これを避けるために、インク中の電気化学反応により溶出し、かつ高温でも化学的に安定であって加熱により強固な酸化膜を形成しない材料を、上部保護層として選定すべきであるとの知見を得た。
上部保護層には、物理的・化学的衝撃からの保護という本来的な機能のほかに、電気化学反応によって液体に溶解する性質をもつことが前提となる。電気化学反応による金属の溶出の有無は、一般に種々の金属の電位−pH図を見れば把握することが可能である。そして本発明者らは、好ましい溶出領域をもち、かつ加熱により強固な酸化膜を形成しない材料として、IrまたはRuの単体、あるいはIrと他の金属との合金もしくはRuと他の金属との合金を選定することが好ましいことを見出した。特に、保護層としては、IrまたはRuの含有率が多いほど電気化学反応が効率良く進行するので、それぞれの金属単体の場合が最も好ましいものである。しかしながら、Ir合金もしくはRu合金の場合であっても、本発明の効果を得ることができるものである。このように、少なくとも、IrまたはRuを含む材料であれば本発明の効果を得られるものである。
すなわち、保護層としてインクとの電気化学反応により溶出する金属を含む材料を選定すべきこととの知見を得た。
図1はこれらのうちIrの電位−pH図を示している。図1から明らかなように、Irはこれをアノード電極として電位を印加することにより溶出する領域(溶液への溶解による腐食域。以下、溶出領域という)を有していることがわかる。なお、図1において、ラインL1,L2は、水の生成・分解に関する電位を示している。すなわち、ラインL1より上の領域においてのみ酸素が発生し、ラインL2の下の領域でのみ水素が発生する。従って、両ラインL1とL2との間が水の安定領域となる。
また、通常、電極配線のギャップと発熱抵抗体層とによって形成される発熱部の発熱により、発熱部上方の上部保護層の熱作用部表面は、300〜600℃程度に加熱されると推測されている。これに対して、Irは、大気中でも800℃までは酸化膜を形成しないことがわかっているので、上部保護層として好ましく選定できる。
一方、特許文献3に記載されたようなTaは、加熱により強固な酸化膜が形成されてしまうとともに、溶出領域が極端に小さい。よって腐食ないし溶出を生じさせるために高いpH値を有する溶液を用いる必要があり、そのために専用のコゲ除去液を用いていたと考えられる。
これに対し、Irには図1のように好ましい溶出領域があるので、pH値が高い専用のコゲ除去液を用いる必要がない。インクジェット記録に用いられるインクは電解質を含んでおり、Irを用いる場合にはそれで十分である。すなわち、インクジェットヘッド内にインクが存在する状態でも電気化学反応を発生させることが可能である。従って、ユーザ側での一連の記録処理過程においてクリーニング処理を実施することも可能となる。
2.第1の実施形態
2.1 インクジェットヘッドの構成
図2は、本発明の第1の実施形態に係るインクジェットヘッド基板の熱作用部付近の模式的平面図である。図3は、図2におけるIII−III線に沿って基板を垂直に切断した状態で示す模式的断面図である。
図2および図3において、101はシリコンの基体である。102は熱酸化膜,SiO膜,SiN膜等からなる蓄熱層である、104は発熱抵抗体層、105はAl,Al−Si,Al−Cu等の金属材料からなる配線としての電極配線層である。電気熱変換素子としての発熱部104’は、電極配線層105の一部を除去してギャップを形成し、その部分の発熱抵抗体層を露出することで形成される。電極配線層104は不図示の駆動素子回路ないし外部電源端子に接続されて、外部からの電力供給を受けることができる。なお、図示の例では、発熱抵抗体層104上に電極配線層105を配置しているが、電極配線層105を基体101または熱酸化膜102上に形成し、その一部を部分的に除去してギャップを形成した上で発熱抵抗体層を配置する構成を採用してもよい。
106は、発熱部104’および電極配線層104の上層として設けられ、SiO膜,SiN膜等からなる絶縁層としても機能する保護層である。107は発熱部104’の発熱に伴う化学的、物理的衝撃から電気熱変換素子を守り、かつクリーニング処理に際しコゲを除去するために溶出する上部保護層である。本実施形態では、インクと接する上部保護層107としてインク中の電気化学反応により溶出する金属、具体的にはIrを用いた。そして、発熱部104’の上に位置し、かつ発熱部104’が発生した熱をインクに作用する上部保護層107の部分が、熱作用部となる。109は保護層106と上部保護層107との間に配置され、保護層106に対する上部保護層107の密着性を向上させるための密着層であり、導電性を有する材料を用いて形成される。
上部保護層107はスルーホール110に挿通され、密着層109を介して電極配線層105に電気的に接続されている。電極配線層105はインクジェットヘッド用基体の端部にまで延在し、その先端が外部との電気的接続を行うための外部電極111をなす。
以上の構成のインクジェットヘッド用基板100には流路形成部材120が接合される。この流路形成部材120は、熱作用部に対応する位置に吐出口121を有するとともに、基板100を貫通して設けたインク供給口から熱作用部を経てインク吐出口121に連通する流路を形成している。
以上の構成では、大気中でも800℃までは酸化膜を形成しないIrを用いて上部保護層107を形成したことにより、熱作用部に均一に電位が印加され、インクとの電気化学反応による溶出により、熱作用部108上に堆積したコゲを除去することが可能となる。
なお、上部保護層107として用いるIrは一般的に密着性が低い。このため保護層106と上部保護層107との間に密着層109を形成することで、密着性を向上させている。
また、熱作用部108上の堆積物を除去するために、本実施形態では上部保護層107とインクとの間の電気化学反応を利用することを前提としている。このために、保護層106にスルーホール110を形成し、上部保護層107と電極配線層105とを密着層109を介して接続させている。電極配線層105は外部電極111に接続されているので、上部保護層107と外部電極111とが電気的に接続されることになる。
さらに、本実施形態では、上部保護層107は、発熱部104’上に形成される熱作用部108を含む領域107aと、それ以外の領域(対向電極側の領域)107bとの二つの領域に分けられてそれぞれに電気的接続が施される。領域107aと領域107bとは基板上に溶液が存在しない場合には、相互に電気的に接続されていない。しかし、基板上に電解質を含む溶液が充填されると、この溶液を介して電流が流れ、上部保護層107と溶液との界面で電気化学反応が発生する。インクジェット記録に用いられるインクは電解質を含んでいるが、本実施形態では図1のような特性をもつIrを上部保護層107に用いているので、インクが存在すれば電気化学反応ないし溶出を発生させることが可能である。このとき、図1から分かるように、アノード電極側で金属の溶出が発生するので、熱作用部108上のコゲを除去するためには、領域107aがアノード側、領域107bがカソード側となるように電位を印加すればよい。
また、本実施形態では、電気化学反応を実施する際のカソード電極に上部保護層領域107bを用いている。すなわち、上部保護層領域107bについてもIrを用いて形成している。しかし溶液(インク)を介して好ましい電気化学反応を実施することが可能なものであれば、他の材料を用いて上部保護層領域107bを形成してもよい。
さらに、以上の構成では上部保護層107としてIrを用いているが、電気化学反応により溶出する金属を含み、かつ加熱により溶出を妨げる酸化膜を形成しない材料であれば、その他のものが用いられてもよい。なお、前記のような加熱により溶出を妨げる酸化膜を形成しない材料とは、酸化膜を全く形成しない材料を意味するのではなく、加熱によって酸化膜を形成したとしても、その酸化膜が溶出を妨げない程度しか形成されない材料を意味する。Ir合金またはRu合金の場合、酸化膜が形成される程度は、IrまたはRuの含有率が多いほど減少する傾向にある。よって、上部保護層107を構成する金属の組成の選択は、上記のような傾向と求められる金属の耐久性などに応じて選択する。
2.2 インクジェットヘッドの製造工程
第1の実施形態に係るインクジェットヘッドの製造工程の一例を説明する。
図4(a)〜(f)は図2および図3に示したインクジェットヘッド用基板の製造工程を説明するための模式的断面図、図5(a)〜(e)は、それぞれ、図4(a)〜(e)に対応した模式的平面図である。
なお、以下の製造工程は、Siでなる基体101、ないしは発熱部104’を選択的に駆動するためのスイッチングトランジスタ等の半導体素子でなる駆動回路が予め作り込こまれた基体に対して実施されるものである。しかし簡略化のために、以下の図ではSiでなる基体101が図示されている。
まず、基体101に対し、熱酸化法,スパッタ法,CVD法などによって、発熱抵抗体層104の下部層としてSiO2の熱酸化膜からなる蓄熱層102を形成した。なお、駆動回路を予め作り込んだ基体に対しては、それら駆動回路の製造プロセス中で蓄熱層を形成可能である。
次に、蓄熱層102上にTaSiN等の発熱抵抗体層104を、反応スパッタリングにより約50nmの厚さに形成し、さらに電極配線層105となるAl層をスパッタリングにより約300nmの厚さに形成した。そして、フォトリソグラフィ法を用い、発熱抵抗体層104および電極配線層105に対して同時にドライエッチングを施し、図4(a)に示すような断面形状および図5(a)に示すような平面形状を得た。なお、本実施形態では、ドライエッチングとしてリアクティブイオンエッチング(RIE)法を用いた。
次に、発熱部104’を形成するために、図4(b)および図5(b)に示すように、再びフォトリソグラフィ法を用いて、ウエットエッチングによりAlの電極配線層105を部分的に除去し、その部分の発熱抵抗体層104を露出させた。なお、配線端部における保護層106のカバレッジ性を良好なものとするため、配線端部において適切なテーパ形状が得られる公知のウエットエッチングを行うことが望ましい。
その後、プラズマCVD法を用いて、図4(c)および図5(c)に示すように、保護層106としてSiN膜を約350nmの厚みに形成した。
次にフォトリソグラフィ法を用いて、上部保護層107と電極配線層105とを電気的に接触させるためのスルーホール110を形成するために、図4(d)および図5(d)に示すような、ドライエッチングを行った。これによりSiN膜を部分的に除去し、その部分の電極配線層105を露出させた。
次に、保護層106と上部保護層107との密着性を向上する密着層109として、保護層106上に、スパッタリングによりTi層を約50nmの厚さに形成した。次に、その密着層109上に、上部保護層107としてのIr層をスパッタリングにより約200nmの厚さに形成した。なお、この状態は特に図示していない。
次に、図4(e)および図5(e)に示すような形状の上部保護層107および密着層109のパターンを形成するために、フォトリソグラフィ法を用いて、ドライエッチングにより上部保護層107および密着層109を部分的に除去する。これにより、熱作用部108上の上部保護層領域107aと、もう一方の上部保護層領域107bとを形成した。
次に、外部電極111を形成するために、図4(f)に示すように、フォトリソグラフィ法を用いて、ドライエッチングにより保護層106を部分的に除去し、その部分の電極配線層105を部分的に露出させた。
なお、以上の製造工程においては、密着層109および上部保護層107のパターニング方法としてドライエッチング法を選択しているが、上部保護層107に使用しているIrはエッチングレートが遅いために、工程に時間を要してしまう。このため、密着層109および上部保護層107のパターニング方法としては、リフトオフ法を用いても良い。この場合は、密着層109および上部保護層107の形成前に剥離用部材を配置し、フォトリソグラフィ法によりパターニングする。この際、密着層109および上部保護層107を除去するべき領域に剥離用部材が形成されるようにする。この後、密着層109および上部保護層107を成膜し、剥離用部材を溶液等を用いて剥離する。これにより、密着層109および上部保護層107のパターンが形成される。剥離用部材としては、無機材料やレジスト剤などの有機材料を用いることが可能である。
図6(a)〜(d)は上記基板100を用いてインクジェットヘッドを製造する工程を説明するための模式的断面図である。
基体101上に上記各層でなる回路部115が形成されたインクジェットヘッド用基板100の上に、最終的にインク流路となる溶解可能な固体層201および202として、レジストをスピンコート法を用いて塗布する。レジスト材は、例えばポリメチルイソプロペニルケトンからなり、ネガ型のレジストとして作用するものである。そして、フォトリソグラフィ技術を用い、図6(a)に示すように、レジスト層を所望のインク流路の形状にパターニングする。
続いて、図6(b)に示すように、流路形成部材120(図3)を構成する液流路壁や吐出口121を形成するために、被覆樹脂層203を形成する。この被覆樹脂層203を形成する前に、密着性を向上させるためにシランカップリング処理等を適宜行うことができる。被覆樹脂層203は、従来より知られているコーティング法を適宜選択して、インク流路パターンが形成されたインクジェットヘッド用基体100上に樹脂を塗布することによって形成することができる。
次に、フォトリソグラフィ技術を用い、図6(c)に示すように、被覆樹脂層203を所望の液流路壁や吐出口の形状にパターニングする。
その後、図6(d)に示すように、基板100の裏面から、異方性エッチング法,サンドブラスト法,異方性プラズマエッチング法等を用いて、インク液供給口116を形成する。最も好ましくは、テトラメチルヒドロキシアミン(TMAH),NaOH,KOH等を用いた化学的シリコン異方性エッチング法により、インク液供給口116を形成することができる。続いて、Deep−UV光による全面露光を行い、現像および乾燥を行うことにより、溶解可能な固体層201および202を除去する。
図7は以上の製造工程を経て作成されたインクジェットヘッドの模式的な斜視図である。
このインクジェットヘッドは、所定のピッチで電気熱変換素子117(発熱部104’および熱作用部108)が形成された素子列を2列、並列させてなる基板100を有している。
2.3 コゲ除去実験
基本的に図2および図3に示した基板構成を用いて作成したインクジェットヘッドの2実施例と、比較例とについてコゲ除去実験を行い、第1の実施形態の効果を検証した。
(実施例1)
上記工程に従い製造したインクジェットヘッドを複数用いて、コゲの除去実験を実施した。実験方法は、熱作用部108上にコゲが堆積するように所定条件で発熱部を駆動し後、上部保護層107に通電することによりコゲ除去処理を実施するものとした。インクはBCI−6e M(キヤノン製)を用いた。
まず、電圧20Vおよび幅1.5μsの駆動パルスを周波数5kHzで5.0×106回、発熱部に印加した。
図12(a)はその直後の状態を示す説明図である。熱作用部108上には、図12(a)のようにほぼ均一にコゲと呼ばれる不純物Kが堆積していた。この状態のインクジェットヘッドを用いた記録を行うと、コゲKの堆積により記録品位が低下していることが確認された。
次に、上部保護層107aに接続している外部電極111に10VのDC電圧を30秒間印加した。このとき、上部保護層の領域107aをアノード電極、領域107bをカソード電極とした。
図12(b)は当該印加後の状態を示す説明図である。熱作用部108上からは、それまで堆積していたコゲKが図12(b)のように除去されていることが確認された。ここで、電圧印加後に上部保護層の領域107aおよび密着層109のパターン端部を段差計で測定したところ、約5nmの膜減りが見られた。このことから、上部保護層107aに電圧を印加し、インクとの間で電気化学反応を発生させることにより、上部保護層107aとして形成されているIrがインク中に溶解し、それに伴い熱作用部108上に堆積したコゲKが除去されていることが分かった。この状態のインクジェットヘッドを用いた記録を行うと、記録品位は初期とほぼ同様の状態まで回復していることが確認された。
次に、上記駆動条件と同条件の駆動をコゲ除去処理後のインクジェットヘッドに対して再度行った。その直後では、上記と同様にコゲKの堆積および記録品位の低下が確認された。
そして上記と同じコゲ除去処理を実施したところ、堆積したコゲKが無くなり、記録品位の回復が確認された。また、上部保護層107aおよび密着層109のパターン端部はさらに約5nm膜減りしていた。
(実施例2)
次に、Ruを用いて上部保護層107を形成したこと以外は、実施例1と全く同様の工程により、実施例2に係るインクジェットヘッドを複数製造し、同様のコゲ除去実験を実施した。コゲ除去実験は、上記と同じ駆動条件にてインクジェットヘッドの駆動を行い、その直後とコゲ除去処理後とで、コゲの堆積状態および記録品位の観察を行うとともに、上部保護層107aおよび密着層109のパターン端部の段差測定を行うことで実施した。
そして上部保護層107としてRuを用いた場合も、Irを用いた場合と同様に、熱作用部上のコゲが除去され、記録品位の回復が可能であることが確認された。
なお、RuはIrに比べてドライエッチングが容易であることが知られており、Irよりも容易にインクジェットヘッド用基板を製造することができるものである。
(比較例)
次に、Crを用いて上部保護層107を形成したこと以外は、実施例1と全く同様の工程により、比較例に係るインクジェットヘッドを複数製造し、同様のコゲ除去実験を実施した。
ここではまず、電圧18Vおよび幅1.2μsの駆動パルスを周波数5kHzで5.0×106回、電気熱変換素子に印加した。その直後では、上記と同様にコゲの堆積および記録品位の低下が確認された。
そして上記と同じコゲ除去処理を実施したが、実施例1および実施例2と異なり、コゲが堆積したままであった。ここで、電圧印加後に上部保護層の領域107aおよび密着層109のパターン端部、すなわち熱作用部108から離れた部位を段差計で測定したところ、約7nmの膜減りが発生していた。このことから、上部保護層107に電圧を印加し、インクとの間で電気化学反応を発生することにより、熱作用部108以外の領域では上部保護層107として形成されているCrがインク中に溶解したことがわかる。それにも拘らず、熱作用部108上に堆積していたコゲが除去できなかったのは、加熱により熱作用部上に酸化膜が形成されたことが原因と考えられる。すなわち、この酸化膜が形成された部位の上部保護層107においては電気化学反応が発生しなかったことが原因と考えられる。また、これによって記録品位の回復も見られなかった。
以上の実験結果を表1に示す。
この実験結果から明らかなように、熱作用部108上のコゲを電気化学反応による金属の溶出により除去するためには、加熱により上部保護層107自体が酸化膜を形成しないものを選定すべきことがわかる。
また、上部保護層の厚みは、1回のコゲ除去処理によって膜厚減少量と、インクジェットヘッドに対するコゲ除去処理の想定実施回数とから適切に定めればよいことがわかる。
3.第2の実施形態
上述のように、熱作用部上のコゲを除去するために上部保護層107を電気化学反応により溶出させると、上部保護層107の厚みが減少する。そして、厚みの減少は熱作用部108上だけでなく、上部保護層の領域107a全体にわたるものとなる。
従って、上部保護層107の領域107aと流路形成部材120とが接している図3に示したような構成では、厚みの減少によって上部保護層107aと流路形成部材120との界面に間隙が生じてしまう。コゲ除去処理が行われる回数が少なければ顕著な間隙が生じないか、あるいは多少の間隙が生じても問題とはならないと考えられる。しかしコゲ除去処理が行われる回数が多くなるほど、上部保護層107の厚みの減少ないしは間隙が大きくなる。このため、流路形成部材120との密着性が低下し、最終的には部分的に剥離してしまうことも無いとは言えない。そのような剥離が生じると、隣接するノズルとの連通が生じ、これが記録品位の低下をもたらす虞がある。
これを避けるために、上部保護層107および密着層109を発熱部104’の上方のみに形成することも考えられる。しかしこの場合は、保護膜106がインクに接触することになり、電極配線部105の段差等に対するカバレッジ性が十分でない部分において、絶縁の信頼性が懸念される。そこで、このような懸念を解消するため、以下に示す第2の実施形態のような構成を採ることも可能である。
3.第2の実施形態
3.1 インクジェットヘッドの構成
そこで本発明の第2の実施形態では、保護層106と上部保護層107との間に介在する密着層109と、上部保護層107とを異なるパターンで形成し、密着層109が流路形成部材120と接するようにした構成を採用する。密着層109としては、インク中の電気化学反応により溶出しない金属を主成分とする材料で形成されるものとする。これにより、上部保護層107が存在しない領域でのカバレッジ性を維持しつつ、上部保護層107の溶出後にも基板と流路形成部材120との密着性を低下させないことを可能とする。
図8は、本発明の第2の実施形態に係るインクジェットヘッド基板100の発熱部104’付近の模式的平面図である。図9は、図8におけるIX−IX線に沿って基板100を垂直に切断した状態で示す模式的断面図である。これらの図において、上記第1の実施形態と同様に構成できる各部には同一符号を付してある。
本実施形態が第1の実施形態と異なるのは、上記と同様に密着層109を形成するが、上部保護層107については、密着層109の中で、インク流路を形成するための流路形成部材120が接合されるべき部分を避けた位置に形成している点である。また、密着層109は二つの領域、すなわち熱作用部108から延在して流路形成部材120と接触する部位を通りスルーホール110に至る領域109aと、これとの対向電極としてのカソード電極となる領域109bとに分けられている。また、本実施形態では密着層はTaによって形成されている。
本実施形態では、上部保護層107は、流路形成部材120と接することなく、密着層領域109aおよび電極配線層105を介して外部電極111に接続され、アノード側となるように電位が印加される。このときに生じる電気化学反応により上部保護層107が溶出しても、流路形成部材120と基板100との密着性低下の問題は生じない。密着層109が流路形成部材120と接している一方、密着層109として本実施形態ではTaを用いているからである。Taは、上述のように、インク中で電気化学反応を起こさせると陽極酸化により表面に酸化膜を形成するため、溶出が実質的に生じない。
なお、本実施形態では、電気化学反応を実施する際のカソード電極となる密着層領域109bについてもTaを用いて形成している。しかし溶液(インク)を介して好ましい電気化学反応を実施することが可能なものであれば、他の材料を用いて密着層領域109bを形成してもよい。
3.2 インクジェットヘッドの製造工程
第2の実施形態に係るインクジェットヘッドの製造工程の一例を説明する。
図10(a)〜(d)は図8および図9に示したインクジェットヘッド用基板の製造工程を説明するための模式的断面図、図11(a)〜(c)は、それぞれ、図10(a)〜(c)に対応した模式的平面図である。本製造工程は、上記第1の実施形態について説明した図4(a)〜(d)および図5(a)〜(d)の工程の後に実施可能なものである。
まず、図4(a)〜(d)および図5(a)〜(d)と同様の工程を実施した。
その後、図10(a)および図11(a)に示すように、密着層109としてのTa層をスパッタリングにより約100nmの厚さに形成する。さらに密着層109の上に上部保護層107としてのIr層をスパッタリングにより約100nmの厚さに形成した。
次に、図10(b)および図11(b)に示すような上部保護層107のパターンを形成するために、フォトリソグラフィ法を用いて、ドライエッチングにより上部保護層107を部分的に除去した。
次に、図10(c)および図11(c)に示すような密着層109のパターンを形成するために、フォトリソグラフィ法を用いて、ドライエッチングにより密着層109を部分的に除去した。これにより、熱作用部108と電気的に接続している密着層領域109aと、もう一方の密着層領域109bとを形成した。
次に、外部電極111を形成するために、図10(d)に示すように、フォトリソグラフィ法を用いて、ドライエッチングにより保護層106を部分的に除去し、その部分の電極配線層105を部分的に露出させた。
その後、図6に示したものと同様の工程を経て吐出口形成部材120を基板100上に配置し、図7〜図9に示すようなインクジェットヘッドを得た。
3.3 コゲ除去実験
図8および図9に示した基板構成を用いて作成したインクジェットヘッドの2実施例(実施例3および実施例4)についてコゲ除去実験を行い、第2の実施形態の効果を検証した。
(実施例3)
上記工程に従い製造したインクジェットヘッドを複数用いて、コゲの除去実験を実施した。実験方法は、熱作用部108上にコゲが堆積するように所定条件で電気熱変換素子117を駆動させた後、上部保護層107に通電することによりコゲ除去処理を実施するものとした。インクはBCI−6e M(キヤノン製)を用いた。
まず、電圧20Vおよび幅1.5μsの駆動パルスを周波数5kHzで5.0×106回、電気熱変換素子に印加した。
図12(a)はその直後の状態を示す説明図である。熱作用部108上には、図12(a)のようにほぼ均一にコゲと呼ばれる不純物Kが堆積していた。この状態のインクジェットヘッドを用いた記録を行うと、コゲKの堆積により記録品位が低下していることが確認された。
次に、上部保護層107に接続している外部電極111に8VのDC電圧を15秒間印加した。このとき、上部保護層107aをアノード電極、密着層領域109bをカソード電極とした。
図12(b)は当該印加後の状態を示す説明図である。熱作用部108上からは、それまで堆積していたコゲが図12(b)のように除去されていることが確認された。この状態のインクジェットヘッドを用いた記録を行うと、記録品位は初期とほぼ同様の状態まで回復していることが確認された。
図13は図12(b)のXIII−XIII線に沿って基板面に垂直に切断した状態を示す模式的断面図である。上部保護層107のパターン端部は溶出により、やや丸くなっていた。また、密着層領域109aのインクと接していた領域(図13内の符号Aで示す領域)には、表面に陽極酸化による酸化膜が形成されていた。
このことから、電圧を印加している間、以下のような状態になっていたことが推測される。まず、コゲを除去する際に密着層領域109aおよび上部保護層107に電圧を印加すると、領域109aのインクと接している部分の表面には、電圧に応じた酸化膜が形成される。そして、その酸化膜が、ある厚さになるとその表面での電気化学反応が停止する。これに対し、上部保護層107には、密着層109を通じて電圧が印加されつづけ、溶出が継続する。
図13から明らかなように、密着層109は、表面に酸化膜が形成されるため、電気化学反応により溶出せず、従って流路形成部材109との界面で密着性が低下するような間隙が生じることがない。
次に、上記駆動条件と同条件の駆動をコゲ除去処理後のインクジェットヘッドに対して再度行った。その直後では、上記と同様にコゲKの堆積および記録品位の低下が確認された。
そして上記と同じコゲ除去処理を実施したところ、堆積したコゲKが無くなり、記録品位の回復が確認された。
(実施例4)
次に、密着層109をNbを用いて形成したこと以外は、実施例3と全く同様の工程により、実施例4に係るインクジェットヘッドを複数製造し、同様のコゲ除去実験を実施した。コゲ除去実験は、上記と同じ駆動条件にてインクジェットヘッドの駆動を行い、その直後とコゲ除去処理後とで、コゲの堆積状態および記録品位の観察を行うことで実施した。
そして、密着層109としてNbを用いた場合も、Taを用いた場合と同様に、流路形成部材と基板との密着性を低下させることなく、熱作用部上のコゲを除去することが可能であることが確認された。
以上の実験結果を表2に示す。
この実験結果から明らかなように、本実施形態に係るインクジェットヘッドを用いることによっても、長時間の使用により熱作用部上にコゲが蓄積した場合にもこれを均一かつ確実に除去することが可能となることがわかる。
また、本実施形態のインクジェットヘッドを用いることにより、流路形成部材と基板との密着性を低下させること無く、熱作用部上のコゲを除去することが可能となる。つまり、こげ除去処理が多数回実施されるような長期の使用によっても、吐出特性が安定し信頼性のある高品位の記録画像を提供することが可能となる。
なお、密着層としてはTaあるいはNbを用いたが、熱作用部のコゲを除去する際の電気分解により溶出しない材料であれば、密着層の形成材料はこれらに限られない。他の材料を用いる場合も、密着層が溶出せずかつ上部保護層が溶出する電位を電位−pH図に基づいて定めることにより、流路形成部材と基板との密着性を低下させること無くコゲを除去することが可能となる。
4.装置の実施形態
4.1 インクジェットヘッド
上記各実施形態によるインクジェットヘッドは、プリンタ、複写機、通信システムを有するファクシミリ、プリンタ部を有するワードプロセッサなどの装置、更には各種処理装置と複合的に組み合わせた産業記録装置に搭載可能である。そして、このインクジェットヘッドを用いることによって、紙、糸、繊維、布帛、皮革、金属、プラスチック、ガラス、木材、セラミックスなど種々の記録媒体に記録を行うことができる。なお、本明細書において、「記録」とは、文字や図形などの意味を持つ画像を記録媒体に対して付与することだけでなく、パターンなどの意味を持たない画像を付与することも意味する。
ここで、上記インクジェットヘッドをインクタンクと一体化してなるカートリッジ形態のユニットおよびこれを用いるインクジェット記録装置について説明する。
図14(図5)は上記したインクジェットヘッド(以下、符号1で参照する)を構成要素に含むインクジェットヘッドユニット410の構成例を示す。図中、402はインクジェットヘッド1に電力を供給するための端子を有するTAB(Tape Automated Bonding)用のテープ部材である。このテープ部材402は、プリンタ本体から接点403を介して電力を供給する。404はインクをインクジェットヘッド1に供給するためのインクタンクである。すなわち、図14のインクジェットヘッドユニットは、記録装置に装着可能なカートリッジの形態を有するものである。
なお、インクジェットヘッドは、上記のようにインクタンクと一体化された形態に適用されるものに限られないことは勿論である。例えば、インクタンクが分離可能に装着されるようになし、インクタンク内のインク残量が無くなったときに、これを取り外して新たなインクタンクが装着されるものでもよい。また、インクジェットヘッドがインクタンクとは別体に構成されて、チューブ等を介してインクが供給されるものでもよい。さらに、インクジェットヘッドとしては、次に述べるようなシリアル記録方式に適用されるもののほか、ラインプリンタに適用されるような、記録媒体の全幅に対応した範囲にわたってノズルを有してなるものでもよい。
4.2 装置の機械的構成
図15は図14のインクジェットヘッドユニット410を用いて記録を行うインクジェット記録装置の概略構成例を示すものである。
図示のインクジェット記録装置において、キャリッジ500は無端ベルト501に固定され、かつガイドシャフト502に沿って移動可能になっている。無端ベルト501はプーリ503,503に巻回され、一方のプーリ503にはキャリッジ駆動モータ504の駆動軸が連結されている。従って、キャリッジ500は、モータ504の回転駆動に伴いガイドシャフト502に沿って往復方向(A方向)に主走査される。
キャリッジ500上には、上記カートリッジ形態のインクジェットヘッドユニットが搭載されている。ここで、インクジェットヘッドユニットは、ヘッド1の吐出口4が記録媒体としての用紙Pと対向し、かつ上記配列方向が主走査方向(A方向)と異なる方向(例えば用紙Pの搬送方向である副走査方向(B方向))に一致するようにキャリッジ500に搭載される。なお、インクジェットヘッド1およびインクタンク404の組は、使用するインク色に対応した個数を設けることができ、図示の例では4色(例えばブラック、イエロー、マゼンタ、シアン)に対応して4組設けられている。
また、図示の装置には、キャリッジ500の主走査方向上の移動位置を検出するなどの目的でリニアエンコーダ506が設けられている。リニアエンコーダ506の一方の構成要素としてはキャリッジ500の移動方向に沿って設けられたリニアスケール507があり、このリニアスケール507には所定密度で、等間隔にスリットが形成されている。一方、キャリッジ500には、リニアエンコーダ506の他方の構成要素として、例えば、発光部および受光センサを有するスリットの検出系508および信号処理回路が設けられている。従って、リニアエンコーダ506からは、キャリッジ500の移動に伴って、インク吐出タイミングを規定するための吐出タイミング信号およびキャリッジの位置情報が出力される。
記録媒体としての記録紙Pは、キャリッジ500のスキャン方向と直交する矢印B方向に間欠的に搬送される。記録紙Pは搬送方向上流側の一対のローラユニット509および510と、下流側一対のローラユニット511および512とにより支持され、一定の張力を付与されてインクジェットヘッド1に対する平坦性を確保した状態で搬送される。各ローラユニットに対する駆動力は、ここでは図示しない搬送モータから伝達される。
以上のような構成によって、キャリッジ500の移動に伴いインクジェットヘッド1の吐出口の配列幅に対応した幅の記録と用紙Pの搬送とを交互に繰り返しながら、用紙P全体に対する記録が行われる。
なお、キャリッジ500は、記録開始時または記録中に必要に応じてホームポジションで停止する。このホームポジションには、各インクジェットヘッド1の吐出口が設けられた面(吐出口面)をキャッピングするキャップ部材513が設けられている。このキャップ部材513には、キャップ内に負圧を発生させ、吐出口から強制的にインクを吸引してインク流路内のインクを排出させる機構(不図示)が接続されている。このようなインクを吸引、排出させる機構は、一般に、吸引回復機構と呼ばれ、これによって行われるインク排出動作は吸引回復動作と呼ばれている。この吸引回復動作によって、吐出口の目詰まり等が防止される。
4.3 制御系の構成
図16(図7)は上記構成の記録装置の制御系の構成例を示すブロック図である。
図16において、1700はインタフェースであり、コンピュータ,デジタルカメラ,スキャナ等適宜の形態を有するホスト装置1000から送られてくるコマンドや画像データを含む記録信号を受信する。また、ホスト装置1000に対しては必要に応じ記録装置のステータス情報を送出する。1701はMPUであり、ROM1702に記憶された図17について後述する処理手順に対応した制御プログラムや所要のデータに従ってプリンタ内の各部を制御する。そのデータとしては、例えば発熱部104に印加する駆動パルスの形状や印加時間のほか、上部保護層107に印加する電圧およびその継続時間など、インクジェットヘッドの駆動条件がある。また、記録媒体搬送の条件、さらにはキャリッジ速度等も含めることができる。
1703は各種データ(上記記録信号やヘッドに供給される記録データ等)を保存しておくDRAMである。また、DRAM1703には後述する制御の過程で使用されるフラグ用の領域等を設けておくことができる。1704はヘッド1に対する記録データの供給制御を行うゲートアレイ(G.A.)である。このゲートアレイ1704は、インタフェース1700、MPU1701およびDRAM1703間のデータ転送制御も行う。1725はドットカウンタであり、インク吐出数(ドット数)を1回の記録動作毎にカウントする。1726は所要のデータを記録装置の電源オフ時にも保存しておくためのEEPROM等の不揮発性メモリである。
1709は搬送モータであり、記録紙Pを搬送するための駆動源として用いられる。1711は回復系モータであり、キャップ513のキャッピング動作や、吸引回復を行うためのポンプ等の吸引回復手段の動作の駆動源として用いられる。なお、伝動機構を適切に構成することで、これらモータ1709および1711を兼用することも可能である。1705はヘッド1を駆動するヘッドドライバ、1706、1707および1708は、それぞれ、搬送モータ1709、キャリッジモータ504および回復系モータ1711を駆動するためのモータドライバである。
4.4 制御手順
上述した第1または第2の実施形態に係るインクジェットヘッド1では、適切な材料によって上部保護層107が形成されている。従って、ヘッド内部にインクが存在する状態でも電気化学反応を発生させることが可能である。よって、特許文献3に記載されたような専用のコゲ除去液の使用が必要なく、またユーザ側での一連の記録処理過程においてクリーニング処理を実施することも可能となる。
図17は本発明のインクジェットヘッドを用いる記録装置が実施可能な記録処理手順の一例を示す。
ホスト装置1000等から記録指示が行われると以下の本手順が開始される。まずホスト装置1000から記録に係る画像データを受信し、この画像データを記録装置に適合するデータとして展開する(ステップS1)。そして展開した記録データに基づき、記録用紙Pの搬送とインクジェットヘッド1の主走査とを交互に行いながら記録動作を実行する(ステップS3)。また、この際、記録ドット数(電気熱変換素子の駆動パルス数)のカウントを実施する。
そして1単位(例えば記録用紙1枚分)の記録動作が終了すると、EEPROM1726に格納されているドットカウント値の累積データを読み出し(ステップS5)、これに今回カウントしたドット数を加算する(ステップS7)。次に、当該加算して得られた値が所定の値Th(例えば5×106)以上となったか否かを判定する(ステップS9)。
ここで所定の値Th以上となったと判定されれば、上述したように上部保護層107に電圧を印加し、熱作用部108上のコゲが上部保護層107とともに除去されるようにする(ステップS11)。係るコゲ除去処理を行った後には、ノズル付近には溶出した上部保護層の形成材料と剥離したコゲとを含むインクが滞留している。記録品位に影響を及ぼすものでなければ、このインクをそのまま次回の記録動作に用いることでノズルから吐出させてしまうこともできる。しかし本実施形態では、吸引回復等を実施することで(ステップS13)、そのインクを積極的に排出するようにする。その後、EEPROM1726に格納されているドットカウント値の累積データをリセットし(ステップS15)、一連の記録処理を終了する。
一方、ステップS9にて否定判定された場合には、上記の加算値をもってEEPROM1726に格納されているドットカウント値の累積データを更新し(ステップS17)、記録処理を終了する。
なお、以上の手順では記録動作後にコゲ除去処理ないし回復処理を実施するものとしたが、記録動作に先立って行うようにしてもよい。この場合には、ステップS1で展開した記録データに基づいてドットカウントを行い、これをドットカウントの累積値に加算し、その加算値に基づいてコゲ除去処理の実施の有無を判定するようにすることができる。また、所定量の記録動作毎(例えばインクジェットヘッドの1または数スキャン毎)にコゲ除去処理が実施されるようにすることも可能である。
また、コゲ除去処理後にインクを排出させるための処理としては、上述したような吸引回復に限られない。吐出口に至るインク供給系を加圧することで排出を行わせるものでもよい。また、記録動作とは別に発熱部を駆動してインクを吐出させる処理(予備吐出処理)により排出を行うものでもよい。この場合には、予備吐出のための駆動パルスも上記カウントに反映させることができる。
いずれにしても、本発明によれば、一連の記録処理過程においてコゲ除去処理を含むクリーニング処理をそのまま実施することが可能となる。従って、インクジェットヘッドを取り外して行うような特別かつ煩雑なクリーニング処理が不要となり、効率よくクリーニング処理を実施することが可能となる。
5.第3の実施形態
以下、図面を参照しつつ本発明の第3の実施形態を詳細に説明する。
5.1 インクジェットヘッドの構成
図18は、本発明の第3の実施形態に係るインクジェットヘッド基板の熱作用部付近の模式的平面図である。図19は、図18におけるXIX−XIX線に沿って基板を垂直に切断した状態で示す模式的断面図である。
図18および図19において、101はシリコンの基体である。102は熱酸化膜,SiO膜,SiN膜等からなる蓄熱層である。104は発熱抵抗体層、105はAl,Al−Si,Al−Cu等の金属材料からなる配線としての電極配線層である。電気熱変換素子としての発熱部104’は、電極配線層104の一部を除去してギャップを形成し、その部分の発熱抵抗体層104を露出することで形成される。電極配線層104は不図示の駆動素子回路ないし外部電源端子に接続されて、外部からの電力供給を受けることができる。なお、図示の例では、発熱抵抗体層104上に電極配線層105を配置している。しかし、電極配線層105を基体101上に形成し、その一部を部分的に除去してギャップを形成した上で発熱抵抗体層104を配置する構成を採用してもよい。
106は、発熱部104’および電極配線層105の上層として設けられた保護層である。この保護層106は、SiO膜,SiN膜等からなる絶縁層としても機能する。107は発熱部104’の発熱に伴う化学的、物理的衝撃から電気熱変換素子を守る上部保護層である。この上部保護層107は、クリーニング処理に際しコゲを除去するために溶出する層である。本実施形態では、インクと接する上部保護層107としてインク中での電気化学反応により溶出する金属、具体的にはIrを用いた。このIrは、大気中でも800℃までは酸化膜を形成しない特性を有している。そして、発熱部104’の上に位置する上部保護層107の部分108が、発熱部104’が発生した熱をインクに作用する熱作用部となる。なお、この上部保護層107として用いるIrは一般的に保護層106との密着性が低い。このため保護層106と上部保護層107,107bとの間に密着層109を形成することで、保護層106に対する密着性を向上させている。
この密着層109は、上部保護層107と外部端子とを電気的に接続する配線部を構成しており、導電性を有する材料を用いて形成される。また、密着層109は、保護層106に形成されたスルーホール110に挿通され、電極配線層105に接続されている。さらに、電極配線層105は基体101の端部にまで延在している。この電極配線層105の先端は外部端子との電気的接続を行うための外部電極111をなしている。これにより、上部保護層107と外部端子111とが電気的に接続されることになる。
また、上記インクジェットヘッド用基板100には、この基板100と共にインクの流路122を形成する流路形成部材120が設けられている。この流路形成部材120には、熱作用部108に対応する位置に吐出口121が形成されており、吐出口121とインク流路122とが連通している。
さらに、この第3の実施形態では、上部保護層107の形成部位が、熱作用部108を包含する領域107aと、電気化学反応を実施する際に対向電極となる領域107bとの二つの領域に分けられている。そして、密着層109も同様に二つの領域109a,109bに分けられている。各密着層の領域109a,109bは、それぞれ外部電極へ接続されている。
図20は、上記インクジェットヘッド基板の上部保護層の二つの領域109a,109bに対する電圧の印加状態を示す図である。ここで、(a)は熱作用部108を含む領域109aをアノード側電極として、領域109aと領域109bとの間に電圧を印加する状態を示している。また、(b)は同領域109aをカソード側電極として、領域109aと領域109bとの間に電圧を印加する状態を示している。図示のように、密着層109aと109bとは、それら自体は互いに電気的に接続されていないが、外部電極をなす電極配線層105によって、スイッチング素子などで構成される電圧反転回路113に接続されている。この電圧反転回路により、上部保護層107aと107bには、アノード極、カソード極が交互に反転するよう電圧を印加することが可能となる。
上記のように、インクジェット用基板100の上部保護層107の領域107aと107bとは基板単体では相互に電気的に接続されていない。しかし、基板上に電解質を含む溶液が充填された状態において、両領域間に電圧を印加すると、この溶液を介して両領域107aと107bとの間に電流が流れ、上部保護層107と溶液との界面で電気化学反応が発生する。すなわち、インクジェット記録に用いられるインク(本実施形態では顔料インク)は電解質を含んでいる。また、上部保護層107は比較的低いpH値の電解液でも溶出する特性をもつIrを用いている。このため、基板上にインクが存在すれば上部保護層に電気化学反応ないし溶出を発生させることが可能である。この際、Irの溶出は、これがアノード電極側となっているときに発生する。従って、領域107aがアノード側、領域107bがカソード側となるように電位が印加されたときに、領域107におけるIrの溶出が発生し、この溶出と共に熱作用部108上のコゲが除去される。
しかし、両領域に印加される電圧の極性を一定に保った場合、すなわち、領域107a,107bをアノード側、カソード側にそれぞれ固定して、電気化学反応を進めると、アノード電極表面に徐々にインク成分が付着して行き、これが表面を覆うことがある。この場合、上部保護層107aの溶出が妨げられ、結果としてコゲを完全に除去できなくなることがある。
そこで、この第3の実施形態では、上部保護層の各領域107aと107bとが交互にアノード、カソードとなるように、印加する電圧の極性を反転させる。これは電圧反転回路によって行う。この際、上部保護層107の各領域107aがアノード側になっているときには、上述のように、領域Irの溶出が生じ、熱作用部108上のコゲが除去される。この後、印加電圧が反転されると、アノード側およびカソード側の各領域107a,107bに付着あるいは吸引されたインク成分が除去あるいは分散される。つまり、各領域107a,107bがインク成分からなる層に覆われることはなくなる。ここで再び領域107aがアノード側となるよう電圧の極性を切り換えると、領域107aからIrの溶出が生じ、熱作用部108上に残留しているコゲはさらに除去されることとなる。以上の動作を繰り返し行うことによって、領域107aのコゲを略完全に除去することが可能となる。
なお、この第3の実施形態では、電気化学反応を実施する際の対向電極として上部保護層領域107bを用い、この上部保護層領域107bもIrを用いて形成している。しかし溶液(インク)を介して好ましい電気化学反応を実施することが可能なものであれば、他の材料を用いて上部保護層領域107bを形成してもよい。
さらに、以上の構成では上部保護層107としてIrを用いているが、電気化学反応により溶出する金属を含み、かつ加熱により溶出を妨げるほどの酸化膜を形成しない材料であれば、その他のものが用いられてもよい。
この第3の本実施形態では、上部保護層107は、流路形成部材120とは接触しない。また上部保護層107は、密着層領域109aおよび電極配線層105を介して外部電極111に接続され、電位が印加される。このときに生じる電気化学反応により上部保護層107が溶出しても、流路形成部材120と基板100との密着性低下の問題は生じない。これは、密着層109が流路形成部材120と接していることに加え、密着層109として本実施形態では、上記第2の実施形態と同様に、Taを用いていることによる。すなわち、Taは、上述のように、インク中で電気化学反応を起こさせると陽極酸化により表面に酸化膜を形成するため、溶出が実質的に発生しない。このため、密着層109と流路形成部材120および基板100との密着性が低下することはない。
なお、第3の実施の形態では、アノード側電極、カソード側電極の反転をインクジェットヘッド用基板に設けた電圧反転回路113で行っている。しかし、インクジェット記録装置本体において電圧を反転させ、これを外部電極より上部保護層107に印加してもよい。
5.2 コゲ除去実験
次に上記第3の実施形態におけるインクジェットヘッドのクリーニング方法を、以下の実施例に基づいて、より具体的に説明する。
(実施例5)
上記のインクジェットヘッドを複数用意し、各々に対し、上記実施形態におけるクリーニング方法によるコゲの除去実験を実施した。実験方法は、熱作用部108上にコゲが堆積するように所定条件で電気熱変換素子としての発熱部104’を駆動させた後、上部保護層107に通電することによりコゲ除去処理を実施するものとした。インクには樹脂分散型の顔料インクを用いた。
まず、上部保護層107上にコゲを堆積させる目的で、電圧20Vおよび幅1.5μsecの駆動パルスを周波数5kHzで5.0×106回、発熱部104’に印加した。
図21(a)は発熱部104’の駆動動作直後における上部保護層107の状態を示す説明図である。熱作用部108上には、図21(a)のようにほぼ均一に不純物(コゲ)Kが堆積していた。この状態のインクジェットヘッドを用いて記録動作を行った結果、記録された画像の品位は、コゲKが堆積していない状態で記録された画像の記録品位より低下していることが確認された。
次に、コゲKの除去処理(クリーニング処理)として、上部保護層107aに接続している外部電極111に10VのDC電圧を15秒間印加した。このとき、上部保護層107aをアノード電極、上部保護層107bをカソード電極とした。
図21(b)はこのコゲ処理における電圧印加後の状態を示す説明図である。熱作用部108上からは、それまで堆積していたコゲKが、図21(b)のように、やや除去されていることが確認された。しかし、上部保護層107aの表面上にインク成分が付着しているため、コゲKを完全に除去できていないことが判明した。
そこで、上部保護層107aをカソード電極、上部保護層107bをアノード電極として、それ以外は、上記同様の条件で電圧を印加した。図21(c)に示すように、上部保護層107aの表面に付着したインク成分は脱離したが、コゲKの堆積状態には変化はなかった。そして再度同じ条件で、上部保護層107aをアノード電極として電圧を印加し、その後さらに上部保護層107aをカソード電極として電圧を印加した。その結果、熱作用部108上からは、それまで堆積していたコゲKが図21(d)に示すように完全に除去された。この状態のインクジェットヘッドを用いて記録を行うと、記録品位は初期とほぼ同様の状態まで回復していることが確認された。
このことから、図21(b)ないし(d)に示すように電圧を印加している間、上部保護層107aの表面には、以下のような状態変化が生じていたことが推測される。
まず、コゲKを除去する際に密着層領域109aおよび上部保護層107に電圧を印加すると、密着層109aにおけるインクと接している部分の表面には、電圧に応じた酸化膜が形成される。この酸化膜が、ある厚さになるとその表面での電気化学反応が停止する。これに対し、上部保護層107aには、密着層109を通じて電圧が印加され続け、溶出が継続する。しかし、溶出と同時にインク成分が付着するため、インクと107aとの反応が抑制され、溶出が停止する。このため、コゲKが完全に除去できない。そこで、次に107aをカソード電極とするよう電圧を印加すると、107a上に付着したインク成分が再度インク中に分散し、107a表面は直接インクと接する状態に戻る。この一連の動作を繰り返し実施することで、コゲKは完全に除去される。
また、密着層109は、表面に酸化膜が形成されるため、電気化学反応により溶出しない。従って、密着層109と流路形成部材109との界面で密着性が低下するような間隙が生じることがない。
次に、コゲ除去処理後のインクジェットヘッドに対して、上記の駆動条件と同条件で電気熱変換素子の駆動を再度行った。この電気熱変換素子の駆動後には、上記と同様にコゲKの堆積が確認される。従って、この状態において記録された画像には、記録品位の低下が確認された。
この後、上記と同様のコゲ除去処理を実施したところ、堆積したコゲKが無くなり、記録品位の回復が確認された。
以上の実験結果を表3に示す。
表3において、表面状態の欄において、○はコゲが堆積していない状態を、×はコゲが堆積した状態をそれぞれ示す。また、記録品位の欄において、○は良好な記録品位を、×は記録品位の劣化をそれぞれ示している。また、染料インクにはBCI−6e(キヤノン製)を用いた。
この実験結果から明らかなように、本実施形態に係るクリーニング方法によれば、顔料インクを用いた長時間の記録動作によって熱作用部108上にコゲKが堆積した場合にも、染料インクを用いた場合と同様に、確実にコゲKを除去できることがわかる。
5.3 制御手順
図22は本発明の第3の実施形態において実施される記録処理手順の一例を示すフローチャートである。なお、この第3の実施形態においても、図15および図16に示す構成を備えたインクジェット記録装置を用いるものとする。但し、この第3の実施形態においては、ヘッドドライバ1705が、各インク流路に設けられている発熱部104’を記録データに基いて駆動する発熱駆動部として機能すると共に、電圧反転回路113の電圧反転動作を制御する反転制御部としても機能する。また、このヘッドドライバ1705と各部に電圧を印加するための電源部とにより、電圧印加手段が構成されている。
ホスト装置1000等から記録指示が行われると本手順が開始され、まずホスト装置1000から記録に係る画像データを受信し、これを記録装置に適合するデータとして展開する(ステップS21)。そして当該展開した記録データに基づき、記録用紙Pの搬送とインクジェットヘッド1の主走査とを交互に行いながら記録動作を実行する(ステップS22)。また、この際、記録ドット数(電気熱変換素子の駆動パルス数)のカウントを実施する。
そして1単位(例えば記録用紙1枚分)の記録動作が終了すると、この記録動作の開始前までにEEPROM1726に累積されたドットカウント値のデータを読み出し(ステップS23)、これに今回カウントしたドット数を加算する(ステップS24)。次に、当該加算値が所定の閾値(例えば1×107)以上となったか否かを判定する(ステップS25)。
ここで閾値以上となったと判定された場合には、上述したように上部保護層107の領域107aが、電気化学反応において、アノード側とカソード側とに交互に切り換えて電圧を印加する。これにより、熱作用部108上のコゲが上部保護層107aと共に除去される(ステップS26、S27)。このようなコゲ除去処理を行った後、ノズル付近には溶出した上部保護層の形成材料と剥離したコゲとを含むインクが滞留している。この滞留したインクが記録品位に影響を及ぼすものでなければ、このインクをそのまま次回の記録動作に用いることでノズルから吐出させてしまうこともできる。しかし本実施形態では、吸引回復等を実施することで(ステップS28)、そのインクを積極的に排出するようにする。また、コゲ除去動作に伴って、上部保護層107の領域107aが溶出するため、この領域の膜厚が減少することとなる。このため、高い記録品位を保つためには、インクを発泡させるために発熱部104’に印加すべき電気エネルギの閾値、例えばパルス幅あるいはパルス電圧の閾値Pthを再度測定し、これを記憶する(ステップS29、S30)。その後、EEPROM1726に格納されているドットカウント値の累積データをリセットし(ステップS31)、一連の記録処理を終了する。なお、
一方、ステップS25にて否定判定された場合には、上記加算値をもってEEPROM1726に格納されているドットカウント値の累積データを更新し(ステップS32)、記録処理を終了する。
なお、記録動作後にコゲ除去処理ないし回復処理を実施するものとしたが、この第3の実施形態においても、コゲ除去処理ないし回復処理は記録動作に先立って行うようにしてもよい。
また、コゲ除去処理後にインクを排出させるための処理としても、上述したような吸引回復に限らず、吐出口に至るインク供給系を加圧することで排出を行わせるものでもよい。また、記録動作とは別に熱作用部を駆動してインクを吐出させる処理(予備吐出処理)により排出を行うものでもよい。
いずれにしても、この第3の実施形態によれば、インクジェットヘッドを取り外して行うような特別かつ煩雑なクリーニング処理が不要となり、効率よくクリーニング処理を実施することが可能となる。
6.第4の実施形態
上記第1の実施形態のように、熱作用部上のコゲを除去するために上部保護層107を電気化学反応により溶出させると、反応に伴って気泡が発生する。このように発生した気泡が均一な上部保護層のインク中への溶出を妨げる原因となる可能性がある。特に近年では、吐出するインクの液滴サイズが数ピコリットル〜1ピコリットル、さらには1ピコリットル以下のインクジェットヘッドが実現、あるいは提案されている。このようなインク液滴サイズが非常に小さい場合に、本発明のコゲ除去方法を用いると、電気化学反応によって発生した気泡が上部保護層とインクとの反応を一部阻害し、均一かつ確実なコゲ除去が十分に行えないことがある。
そこで、本発明の第4の実施形態では、上部保護層107を電気化学反応により溶出させるための上部保護層107への電圧印加を、インク吸引動作を開始した後に行うクリーニング方法を採用する。これにより、電気化学反応によって発生する気泡が大く成長することなく、インク吸引によって排出されるため、均一かつ確実にコゲを除去することを可能とする。
6.1 コゲ除去実験
図8および図9に示した基板と図6で示したインクジェットヘッドを製造する工程で、吐出するインク液滴量が5ピコリットルのインクジェットヘッドを作成した。このインクジェットヘッドを用いた実施例(実施例6)と、比較例についてコゲ除去実験を行い、第4の実施形態の効果を検証した。
(実施例6)
上記のインクジェットヘッドと、本実施形態のクリーニング方法を用いて、コゲの除去実験を実施した。実験方法は、熱作用部108上にコゲが堆積するように所定条件で発熱部を駆動した後、上部保護層107に通電することによりコゲ除去処理を実施するものとした。インクはBCI−6e M(キヤノン製)を用いた。
まず、電圧20Vおよび幅1.5μsの駆動パルスを周波数5kHzで5.0×106回、発熱部に印可した。図23(a)に示すように、熱作用部108上には、ほぼ均一にコゲと呼ばれる不純物Kが堆積していた。この状態のインクジェットヘッドを用いた記録を行うと、コゲKの堆積により記録品位が低下していることが確認された。
次に、上部保護層107aに接続している外部電極111に10VのDC電圧を30秒間印可した。このとき、上部保護層の領域107aをアノード電極、領域107bをカソード電極とした。さらに、図24のタイミング図に示すように、t=t1でDC電圧を印加することによって電気化学反応が開始する前に、t=t0で回復ポンプを用いた吸引回復を開始した。そして、電圧印加に伴って上部保護層107aより発生する気泡を、インクと共に強制的に排出させながら、t2まで上部保護層107の溶出によるコゲ除去処理を実施した。なお、吸引回復はDC電圧の印加が終了した後、t3で終了した。
図23(b)に示すように、熱作用部108上からは、それまで堆積していたコゲKが除去されていることが確認された。この状態のインクジェットヘッドを用いた記録を行うと、記録品位は初期とほぼ同等の状態まで回復していることが確認された。
この結果から明らかなように、上部保護層107を溶出させるための電気化学反応を、インク吸引中に行うことによって、電気化学反応で発生する気泡が、上部保護層107に付着することなくインクと共に排出される。従って、インク液滴が数ピコリットル以下と小さい場合でも、インクと上部保護層107との電気化学反応が阻害されず、インクへの溶出が均一かつ確実に行われるため、長期の使用においてもコゲ除去が可能となる。
次に、熱作用部108上に、再度、コゲを堆積させるために、上記駆動条件と同条件の駆動を、コゲ除去処理後のインクジェットヘッドに対して行った。その結果、上記と同様にコゲKの堆積および記録品位の低下が確認された。
そして、上記と同じコゲ除去処理を実施したところ、堆積したコゲKが無くなり、記録品位の回復が確認された。
(比較例)
次に、回復ポンプを用いたインク吸引を電気化学反応のための電圧印加開始後に開始し、コゲ除去処理を実施した。なお、インクの吸引動作は電圧の印加終了まで行った。
まず、電圧20Vおよび幅1.5μsの駆動パルスを周波数5kHzで5.0×106回、発熱部に印可した。図23(a)に示すように、熱作用部108上には、ほぼ均一にコゲと呼ばれる不純物Kが堆積していた。この状態のインクジェットヘッドを用いた記録を行うと、コゲKの堆積により記録品位が低下していることが確認された。
そして、上記実施例6と同様にコゲ除去処理を実施したが、実施例6と異なり、図23(c)に示すように、コゲKが一部堆積したままであった。
このような現象が発生するのを確認するため、インク吸引を電圧印加中に停止し、上部保護層107の領域を観察した。その結果、図23(d)に示した図からわかるように、電気化学反応で発生した気泡BBが、上部保護層107上に付着していた。この気泡BBが上部保護層とインクとの電気化学反応を阻害したため、この領域のコゲが除去されなかったと考えられる。また、上部保護層107の一部の領域には気泡が付着しなかったため反応が進み、この一部の領域に付着していたコゲKは除去できた。しかしながら、インクに触れる箇所、つまり気泡によって阻害されなかった場所に、電気化学反応のための電圧が集中して印加されることとなった。このため、長期の使用を続けた場合、この領域の上部保護層のインクへの溶出が過剰に進み、均一な上部保護層107の膜厚が維持できないことが明らかになった。
以上の実験結果を表4に示す。
この実験から明らかなように、上部保護層107の溶出を均一かつ確実に行うためには、インク吸引を実施しながら電気化学反応を実施することが適切であることがわかる。特に吐出するインク液適量が数ピコリットル以下である場合は、発生する気泡を上部保護層107とインクとの反応を阻害するまで成長させることなく、インクと共に排出しながら、上部保護層107を溶出させるコゲ除去方法を選定すべきことがわかる。
本実施例においては、インクの回復処理を上部保護層107の電気化学反応を開始する前より行うことで、電気化学反応で発生する気泡による反応阻害を防ぎ、上部保護層107を均一かつ確実に溶出させている。図24に示したタイミング図のように、t0<t1となれば本実施形態の効果が得られる。ここで、一般的に電極材料が溶液中に電気化学反応によって溶出する際には、電圧を印加したのとほぼ同時に電極表面近傍に電気二重層とよばれる層が形成され、その後溶出反応が進むとされている。この電気二重層を形成するのに要する時間は、概ね0.01秒台であることから、図24に示したタイミング図において、電圧印加を開始する時間t1と、インク吸引を開始する時間t0がt0=t1となった場合においても、本実施形態で示したクリーニング方法の効果を得ることが可能である。
6.2 制御手順
図25は本発明のクリーニング方法を用いる記録装置が実施可能な記録処理手順の一例を示す。
ホスト装置1000等から記録指示が行われると以下の本手順が開始される。まずホスト装置1000から記録に係る画像データを受信し、この画像データを記録装置に適合するデータとして展開する(ステップS41)。そして展開した記録データに基づき、記録用紙Pの搬送とインクジェットヘッド1の主走査とを交互に行いながら記録動作を実行する(ステップS43)。また、この際、記録ドット数(電気熱変換素子の駆動パルス数)のカウントを実施する。
そして1単位(例えば記録用紙1枚分)の記録動作が終了すると、EEPROM1726に格納されているドットカウント値の累積データを読み出し(ステップS45)、これに今回カウントしたドット数を加算する(ステップS47)。次に、当該加算値が所定の値Th(例えば5×106)以上となったか否かを判定する(ステップS49)。
ここで所定の値Th以上となったと判定されれば、上述したように回復処理を開始する(ステップS51)。そして、上部保護層107に電圧を印加し、熱作用部108上のコゲが上部保護層107とともに除去されるようにする(ステップS53)。係るコゲ除去処理を行った後には、ノズル付近には溶出した上部保護層の形成材料と剥離したコゲとを含むインクが滞留している。記録品位に影響を及ぼすものでなければ、このインクをそのまま次回の記録動作に用いることでノズルから吐出させてしまうこともできる。しかし本実施形態では、吸引回復をコゲ除去処理が終了した後に停止することで(ステップS55)、上部保護層の形成材料と剥離したコゲとを含むインクを積極的に排出するようにする。その後、EEPROM1726に格納されているドットカウント値の累積データをリセットし(ステップS57)、一連の記録処理を終了する。
一方、ステップS49にて否定判定された場合には、上記加算値をもってEEPROM1726に格納されているドットカウント値の累積データを更新し(ステップS59)、記録処理を終了する。
なお、以上の手順では記録動作後に回復処理ないしコゲ除去処理を実施するものとしたが、記録動作に先立って行うようにしてもよい。この場合には、ステップS41で展開した記録データに基づいてドットカウントを行い、これをドットカウントの累積値に加算し、その加算値に基づいてコゲ除去処理の実施の有無を判定するようにすることができる。また、所定量の記録動作毎(例えばインクジェットヘッドの1または数スキャン毎)にコゲ除去処理が実施されるようにすることも可能である。
また、コゲ除去処理前に開始するインクを排出させるための処理としては、上述したような吸引回復に限られない。吐出口に至るインク供給系を加圧することで排出を行わせるものでもよい。
いずれにしても、本発明によれば、一連の記録処理過程においてコゲ除去処理を含むクリーニング処理をそのまま実施することが可能となる。従って、インクジェットヘッドを取り外して行うような特別かつ煩雑なクリーニング処理が不要となり、効率よくクリーニング処理を実施することが可能となる。
なお、また、上記第4の実施形態においては、上部保護層に印加する電圧の極性を、上記第3の実施形態のように反転させるようにしても良い。これによれば、より確実なコゲ除去効果を期待できる。
また、以上の説明においては、吐出口の目詰まりを防止するために、インク流路内のインクを吐出口から排出させるインク排出動作を行うインク排出機構として、インク流路内のインクを負圧によって吸引する吸引回復機構を例に採り説明した。しかしながら、本発明は、吸引回復機構以外のインク排出機構を用いることも可能である。すなわち、インク排出機構としては、インクジェットヘッドのインク流路内のインクに圧力(正圧)を加え、その圧力によってインクを吐出口から強制的に排出させる加圧回復機構も知られている。この加圧回復機構は、主として大型なインクジェットヘッドを用いて高速記録を行うインクジェット記録装置、例えば、産業用のインクジェット記録装置、あるいはフルライン型のインクジェット記録装置などに用いられている。本発明は、このような加圧回復機構によってインク排出動作を行うものにも適用可能であり、上記吸引回復動作を行う場合と同様の効果を期待できる。