JP3663716B2 - 四重極イオン蓄積リング - Google Patents
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Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は1キロ電子ボルト程度またはこれより低レベルの低速イオンビーム蓄積装置に関し、低速イオンビームを周回軌道上に安定に蓄積する高周波四重極イオン蓄積リングと、イオンビームを注入し、取り出す手段と、蓄積されたイオンビームを加速及び減速する手段からなり、原子、分子の物理現象の解明手段、分光分析の手段、そしてレーザ冷却等のイオンビーム操作応用、物体へのイオンビーム注入に有効である。さらに、質量分析手段、イオン分子反応を発生させる手段を併設することにより新物質の生成手段としても有効である。
【0002】
【従来の技術】
イオン蓄積リングは、素粒子物理学、原子核物理学に用いられる高エネルギー粒子を得るための加速器として発展してきた歴史的背景により、メガ電子ボルト以上の粒子を蓄積する目的で建設されてきた。ビーム軌道を一定に保つ現実的要請から現在ではシンクロトロン加速機能を持った磁場による強収束蓄積リングが主流となっている。
【0003】
しかし近年、低エネルギー現象である原子、分子の物理現象の解明手段として、数十メガ電子ボルト以下の蓄積されたイオンビームが求められるようになってきた。その実現方法としては、現在実際に建設されている蓄積リングは従来の高エネルギー加速器で用いられていた磁場による蓄積方法を用いた蓄積リングである。(例えば、M.Larssonら著: Physical Review Letter Vol.70 Page 430(1993))。しかしこの方式のイオン蓄積リングは、安定で再現性のある弱磁場を得ることの困難さから、蓄積可能なイオンビームの下限は数キロ電子ボルト程度となっている。
【0004】
これに対し、1キロ電子ボルト程度またはこれより低レベルの低速イオンビームを蓄積する手段として、高周波四重極電場による集束力を用い、イオンを蓄積する方法が提案されている。その電極構造は図1に示すように4つのリング電極11乃至14を組み合わせ、その断面は四極子構造をしている。この電極に電極11及び14、電極12及び13がそれぞれ同電位になるように結線して、これらの間に、高周波電源装置15により角周波数Ω、振幅2Vrfの高周波電圧を印加し、電極内部に四重極電場を形成する。このときΩとVrfを以下のように選ぶと、高周波四重極電場によりイオンはr=0で表される円軌道上に強集束され、リング内部に蓄積される。以下の計算ではmおよびQはそれぞれイオンの質量と電荷、VrfとΩはそれぞれ高周波電圧の振幅と角周波数、2r0は電極間距離を表す。簡単のため電極の曲率を無視すると、この強集束作用は(数1)で表される安定パラメータqがq<0.91を満たすときにイオンは四重極中心に向けて強集束される。
【0005】
【数1】
【0006】
この強集束効果は(数2)、(数3)で与えられる調和ポテンシャルとして記述できる。
【0007】
【数2】
【0008】
【数3】
【0009】
このポテンシャルは一般に擬ポテンシャルと呼ばれ、Dは擬ポテンシャルの深さを与える。また擬ポテンシャルによるイオンの調和振動を永年運動と呼び、その周波数ω0は(数4)で与えられる。
【0010】
【数4】
【0011】
以上で示した高周波四重極蓄積リングの従来例は、陽子の反粒子である反陽子を蓄積するために作られた高周波四重極イオン蓄積リングである(例えば、B.I.Deutchら著:Physica Scripta T22巻 248頁(1988年発行))。この従来例では2.5キロ電子ボルトの運動エネルギーを持つ反陽子ビームを蓄積することを目指している。リング電極へのイオンビームの注入はイオンビームがリング電極内を通過しているときに、高周波電場を印加しはじめることにより、イオンビームを捕捉することが提案されている。
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
上記従来例のアイデアには、以下の2つの点が工業的な意味で問題になりうる。第一はイオンビームを注入するための高周波電源である。イオンビームがリング電極内を通過している最中に高周波を印加することになるので、高周波印加回路には通過時間程度で立ち上がる高速性が要求される。そのためには高周波回路系のインピーダンスを下げ、さらにこの低いインピーダンスの回路系を駆動できる大電力容量の高周波電源装置が必要となる。本論文では51MHz、2.6kVの高周波電圧を1000ナノ秒の間に印加する必要があるとし、そのための2KWの高周波電源を用いている。しかしイオンを注入する為だけにこのような大電力高周波電源を用いることは効率的ではない。
【0013】
第二に周回運動するイオンビームの平均軌道が遠心力により擬ポテンシャルの底から外周側に変移することにより発生する不具合である。本論文では遠心力と擬ポテンシャルによる向心力が釣り合う位置がイオンの標準軌道となる。この位置はイオンビームのエネルギーが増大するにつれて外側に移動する。その様子を計算により図2に示す。
【0014】
電極の半径をRとし、標準イオン21の運動エネルギーをEs、標準速度をvs、半径Rからの標準軌道半径の拡張量をrs、そして標準角周波数をωsとする。ωsの定義式は(数5)であり、イオンの遠心力と擬ポテンシャルによる力の釣り合い条件は(数6)で与えられる。
【0015】
【数5】
【0016】
【数6】
【0017】
(数5)(数6)より遠心力が作用するときの軌道半径R+rsが決まる。すなわち遠心力による標準軌道の拡張量rsは(数7)で与えられる。
【0018】
【数7】
【0019】
このrsの位置で、イオンビームは強い高周波電場を常に受けることになり、高周波振動数と同振動数で振動を始める。この振動はマイクロ運動と呼ばれる。すなわちイオンに外乱が働き、イオンビームの安定性をみだすことになる。そのときのエネルギーはrsでの擬ポテンシャルの大きさに等しい。すなわち(数7)で与えられるrsを用いてイオンビームの横方向の振動エネルギーKは(数8)で与えられる。
【0020】
【数8】
【0021】
そこで、本発明の第一の課題は、高周波電場の外乱を受けずにイオンビームを安定に蓄積する四重極イオン蓄積リングを提供することにある。そして、第二の課題は、大電力高周波電源の必要性を回避した四重極イオン蓄積リングを提供することである。そして、第三の課題は、このイオンビームを産業として利用する応用分野、そしてその方法を提供することである。
【0022】
【課題を解決するための手段】
第一の課題を解決するための示唆をI.Wakiら著:Physical Review Letters 68巻 2007頁(1992年発行)が与えてくれる。すなわちこの論文では、蓄積リング内で発生させたほとんど静止させたイオンを1時間程度蓄積し、さらにこれらのイオンをレーザ冷却することにより、イオンがお互いにクーロン力で反発し合うために生成される配列状態を観察している。この現象はイオンの熱運動を増長するような外乱が大きい場合には実現されない。すなわち、この論文は、イオンが位置する擬ポテンシャルの底ではイオンへの外乱がきわめて小さいことを示している。
【0023】
つまり、本発明の第一の課題を解決するにはイオンビームの軌道を擬ポテンシャルの底に位置するようにすれば、高周波電場はイオンビームの集束作用のみ関与し、イオンビームに振動を与えるような悪影響をなくすことが出来る。そのために従来技術では擬ポテンシャルが担っていたイオンビームの向心力を、本発明では別の手段によって与える。
【0024】
本発明では、図3の説明図に示すように、これをイオン蓄積リングを構成する電極のうち内側電極11と外側電極12との間に直流電圧を重畳する手段を設けることによって向心力を与える。25は可変直流電源、26および27は蓄積リング電極と可変直流電源を結ぶ高インピーダンス結線手段を表す。この直流電圧は、イオンビームに電極の内向きの力を与える。そこで遠心力補償直流電圧値Vcompをイオンビームのエネルギーに応じて、イオンビームの受ける遠心力を補償しイオンビームの平均軌道を擬ポテンシャルの底に位置するように調整する。直流電圧は電極中心部分で一様に印加されるものと近似し、電極中心部分での電場勾配を(Vcomp/a)と定義する。そしてイオンビームの遠心力を直流電圧による力が打ち消す条件より、(数9)が導かれる。
【0025】
【数9】
【0026】
以上の手段によりイオン28は図3に示す中心軌道上を運動する場合、高周波電場を受けず、高周波電場による外乱を受けなくなる。そして平均軌道からΔrずれた軌道上を運動するイオン29のみ高周波電場を受け、強収束される。以上によりイオンビームの安定な周回運動を実現する。
【0027】
第二の課題を解決するために、高周波四重極イオン蓄積リングに加速、減速のビームエネルギー操作手段を提供する。これにより、蓄積リング内部で作られたイオンを任意のエネルギーに加速できる。この結果として、大電力高周波電源の必要性を回避する。
【0028】
これを実現する為の加速原理として、従来のシンクロトロン加速器と同様のシンクロトロン位相安定性原理を利用する。位相安定性の原理を用いた加速器の提案は、1945年にマクミランによってなされている(例えば、Physical Review 68巻143頁(1945年発行))。そしてその原理解説は各所に見られる(例えば、熊谷寛夫編:実験物理学講座:加速器 共立出版)。
【0029】
以下、本発明を実現する位相安定性の原理を適用した高周波四重極イオン蓄積リングの2つの考え方を説明する。
【0030】
第一はイオン蓄積リングを分割し、その部分に加速空洞を用いた加速手段を挿入することである。このための加速空洞を用いた加速手段を図4に示す。これは中央部に穴を有する二枚の平板電極30および31と加速空洞電極32からなる電極構造である。平板電極30、31を接地し、加速空洞電極32に加速交流電圧を交流電源33により印加する。これにより平板電極30、31と加速空洞との間隙に交流電場が発生する。イオンがこの2つの間隙を通過するときに、電場の向きにより加速、もしくは減速される。加速空洞電極内部は等電位なので、イオンは等速直線運動をする。この加速手段が動作するための条件はシンクロトロン位相安定性原理が与える。以下ではイオンの電荷は正であるとして議論を進める。なお、図4では、リング12、14についてのみ示したが、リング11、13についても、対向する位置にも同じように設けられる。
【0031】
はじめに一定の周波数の加速交流電圧を印加した場合にイオンが加速交流電圧を受けずに安定に等速回転する条件を求める。この為には2つの要件を満たす必要がある。すなわち第一に速度vで運動するイオン(以下、標準イオンと呼ぶ)が加速手段に入射したとき、2つの加速部分に印加されている加速電場の振幅が0であること、第二に、より早く到達したイオンは両間隙で減速され、逆に遅く到達したイオンは加速されるような電場が作り出されることである。そのためには標準イオンが加速空洞に入射したとき、加速交流電場の振幅は0であり、その前後では時間的に加速空洞電圧が正から負に移行している必要がある。そして加速手段から出射されるとき、標準イオンに対しては加速交流電場の振幅が0であり、その前後では時間的に加速空洞電圧は負から正に移行している必要がある。以上の条件は加速空洞の長さb,加速交流電場周波数facc、整数n(n>=0)を用いて(数10)で与えられる。
【0032】
【数10】
【0033】
さらに標準イオンがリング電極を周回して再度加速手段に到達したとき、再び加速交流電場の振幅は0である必要がある。そのための条件は(数11)で与えられる。
【0034】
【数11】
【0035】
以上の(数10)、(数11)から、電極構造に科せられる条件(数12)、およびイオンビームエネルギーと加速交流電場周波数の関係式(数13)が導出できる。
【0036】
【数12】
【0037】
【数13】
【0038】
そしてイオンを加速する場合は、加速交流電場の周波数を低周波から高周波側に掃引する。するとイオンは加速交流電場が0となる位相に対し常に遅れてやってくることになり、イオンは正の力を受け続けるので、加速されることになる。逆に加速交流電場を高周波から低周波側に掃引するとイオンは加速交流周波に対し常に進んでやってくることになり、イオンは負の力を受け続けて減速されることになる。これが本発明の高周波四重極蓄積リングの加速空洞による加速手段の原理である。
【0039】
本発明の加速減速の過程では、イオン軌道を一定に保つために、(数9)で与えられるような、イオンビームエネルギーに依存した可変直流電圧を印加する。
【0040】
さらにイオンビームを加速空洞と四重極電極の接合点でなめらかな運動をさせるために、高周波四重極部分のイオンビーム軌道上の電位を接地電位にする。そのために、高周波四重極電極の対角位置にある2組の電極への高周波の印加方法は同振幅逆位相とし、電極中心部分の高周波電位を接地電位とする。さらに内側電極に接地に対し負電圧、外側電極には接地に対し正電圧を印加し、電極中央部で直流電位が接地電位となるようにする。
【0041】
この加速空洞を用いた加速手段では、リング電極の半径が小さい場合に、加速空洞内でイオンが直進運動するため、イオンビームが円軌道上を運動するイオン蓄積リングとの結合が悪くなり、安定性を乱す結果となる。そこでリング電極を、合同な2つの円弧に分断し、その片方もしくは両方に加速空洞を挿入する。イオンを加速空洞の軸に沿って、入射および射出されることが可能となり、これより両者の結合を改善することが出来る。そして加速空洞の挿入しない分断部分には加速空洞と同じ長さの線形四極子電極を挿入する。2つに分断し、その一方に加速空洞を挿入し、他方に線形四極子電極を挿入した場合の、電極構造に科せられる条件及びイオンビームエネルギーと加速交流電場周波数の関係式はそれぞれ(数14)及び(数15)となる。
【0042】
【数14】
【0043】
【数15】
【0044】
加速減速機能を実現する第二の方式は、高周波四重極イオン蓄積リング電極を複数に分割し、その分割された間隙に交流電圧を印加することにより加速するという方法である。第一の加速空洞による加速手段では、リング電極とは大きく異なる形状の加速電極が挿入されたことにより、イオンへの摂動が大きくなるという欠点が考えられる。さらに、低エネルギーイオンビームには加速空洞部分ではイオンへの高周波による集束力が働かないので、その部分でイオンが失われる。これに対し本実施例は、電極の分割されている距離を十分小さくすることによりリング上すべての位置で連続した強収束効果を得ることが出来るという特徴がある。すなわちほぼ静止したイオンさえも蓄積することが可能となる。加速交流電圧は、分割された電極全体に印加する。するとイオンは分割された間隙で加速もしくは減速される。分割された電極内部ではイオンはこの交流電圧を受けないので周回運動する。電極を2つの合同な円弧に分割した場合の加速交流電圧周波数とイオンビームエネルギーの関係はシンクロトロン位相安定性の原理により、加速空洞を用いた加速原理の場合と同様の考察により、
【0045】
【数16】
【0046】
で与えられる。
【0047】
この場合、分割数を3カ所乃至それ以上にとることによりリング内部で生成したイオンを初速度ゼロの状態から加速できる。それは分割数を3カ所以上とし、各分割された電極に位相をずらした加速交流電圧を印加することにより、2つの分割数では不可能であった加速される方向を一意的に決めることが出来るからである。
【0048】
この結果、イオンをビームとして入射する必要が無くなり、高電力容量の高周波電源が不要になる。
【0049】
本実施例の分割した電極に加速交流電圧の印加するにあたって、高周波周波数での電極の接地に対するインピーダンスを下げないことが重要となる。そこで電極の分割部分に結線したトランスを通じて交流を印加する方法により接地に対する高いインピーダンスを確保する。
【0050】
以上の位相安定性の議論では、加速空洞とイオン周回軌道の長さの関係が厳密に規定されている。しかし、これをイオン蓄積リングの製作精度のみで達成することは、リング周長が短い本発明の場合、困難が予想される。これを回避する方法を以下に開示する。
【0051】
この困難は加速空洞長、もしくはイオン周回軌道長のどちらか一方が実効的に可変にできれば回避されるものである。本発明では、イオン軌道の一部分に直流電圧を印加することでイオン周回軌道長を実効的に可変とする。すなわち、正イオンを蓄積している場合、周回軌道上の一部分が他の部分に比べ正の静電位を持っていれば、この部分でのイオン速度は小さくなるので、イオンの周回時間は印加しない場合に比べ長くなる。逆に負静電位を持たせれば、この部分でのイオン速度は大きくなるので、イオンの周回時間は印加しない場合に比べ短くなる。以上のように、イオン軌道の一部分に直流電圧を印加することにより、イオンビーム軌道を実効的に微調整することが可能である。実施に際しては、加速空洞部分に直流電圧を重畳する方法、もしくは高周波四重極イオン蓄積リングの周回軌道に沿った一部分を切断して直流的に絶縁し、ここにイオン蓄積用高周波電圧に重畳して直流電圧を印加する。
【0052】
本発明を実施することにより、従来の磁場を用いていたイオン蓄積リング、および高周波四重極イオン蓄積リングでは不可能であったキロ電子ボルトより低レベルのイオンビームを安定に蓄積することが可能となる。
【0053】
さらに遠心力補償直流電圧を印加することにより、高周波電場で遠心力を補償していた従来方法より高いエネルギーのイオンビームを蓄積出来るようになる。以下にその様子を示す。従来技術では、イオンビームは、それが受ける遠心力と擬ポテンシャルによる力の釣り合いによって、周回運動をしているので、蓄積可能なイオンビームのエネルギーは擬ポテンシャルの深さDで制限されていた。すなわちrsがr0を越えるとイオンビームは電極に衝突し、失われることになるので、蓄積可能なイオンビームの最大エネルギーEs(max)は、(数7)を用いてrs(Es=Esmax)=r0より、(数17)となる。
【0054】
【数17】
【0055】
一方、本発明では、イオンビームの角周波数ωsが永年運動周波数ω0に一致するまで蓄積、加速できる。周回運動周波数が永年運動周波数に一致すると加速手段はイオンの進行方向と垂直方向の振動である永年運動にエネルギーを与えるようになり、イオンが共振し、不安定になり電極から失われることを意味する。そこで遠心力を直流電圧で補償した場合の蓄積可能上限エネルギーは(数18)となる。
【0056】
【数18】
【0057】
一般に(数18)は(数17)よりも大きい。つまり従来技術よりも高いエネルギーのイオンビームを蓄積できるようになる。
【0058】
また従来の高周波四重極イオン蓄積リングには備えていなかった加速手段を設けることによりそのビームをキロ電子ボルト以下の任意のエネルギーに加速減速させることが可能になる。
【0059】
さらに、加速手段を備えることにより、蓄積リング電極内部で発生させたイオンを加速することにより、イオンビームを蓄積リング内部で生成させることができる。そこで従来技術のようにイオンビームを注入するために高周波振幅を高速変化させる必要はない。つまりイオン蓄積のための高周波振幅を一定に保てばよいので、高周波回路系のインピーダンスを高くとり、低電力の高周波電源による駆動が可能となる。
【0060】
イオン入射に関連して高電力容量の高周波電源を不要とする別の方法は、四重極蓄積リングにイオンビーム入射のための専用イオンビーム入射路を設ける方法である。また同じ原理で、イオンビーム出射路を設けることもできる。まず、本発明のイオンビーム入射・出射路の電極構造と原理を示す。
【0061】
このイオン入射路・出射路を設けるための電極構造は、イオンビーム軌道に垂直な断面を見た場合、イオンビームの軌道が為す面上に、四重極電極の同相の高周波電圧が印加される2つの電極が位置するようにし、そしてイオンビームの軌道を上下から2つの電極で挟んだ形の四重極構造とする。そして、分岐部分では、少なくとも3つの線形四重極電極構造が交わる。その電極構造は、まず、イオンビームの軌道が為す面上に位置する電極の構造は、隣り合う2組のイオンビーム入出射路の4本の電極の内のイオン軌道を挟まずに隣り合う2つの電極を滑らかに接続する形状の電極とする。そして、イオンビームの軌道が為す面の両側に位置する電極の構造はそれぞれ、イオンビーム軌道に沿った形状の電極とする。分岐部分の電極は、イオンビーム入出射路の電極と一体として形成しても良いし、多数の電極の組み合わせとして形成しても良い。
【0062】
以上のイオンビーム軌道面に平行な三層構造を持つ電極構造の、両側の電極と、それらの挟まれた電極との間に高周波電圧を印加すると、イオン軌道部分に四重極高周波電場が作られ、軌道に沿ってイオンを集束する作用が生じる。
【0063】
イオンビームを分岐する場合、複数のイオンビーム出射路のうちの1つ任意に選択する機能が必要である。その機能は、分岐部分に直流電圧、もしくはパルス電圧を印加し、イオンビームの進行方向にほぼ垂直でイオン軌道面に平行な方向の力を印加し、イオンビーム出射路のうちの1つに導き入れるようにして実現する。そのためにイオンビーム軌道を含む平面上に位置する電極の分岐部分を2カ所で分断し、この部分を直流的に絶縁する。そしてこの部分に直流電圧を重畳して印加することにより、イオンビーム出射路選択を実現する。
【0064】
複数のイオンビーム路を一つのビーム路に合流させる場合は、複数のビーム入射路に対し、イオンビーム出射路の偏向方向が90度以内であれば、イオンビームの持つ慣性により自発的にイオンビーム出射路に向かうことになるので、直流電圧またはパルス電圧を印加する機能は必要としない。
【0065】
以上のイオンビーム分岐路を実現する方法の一つをしめす。まず、平板状金属板から、イオンビームの軌道路を抜き去る。軌道路の幅は金属板の厚さの約2倍程度とする。そしてこの電極板を、上下から2枚の別の金属板で三者が等距離になるように、そして上下の金属板の間隔が約軌道路の幅となるようにして、平行に設置する。各金属板の間に、平板状の絶縁物を挟んだ、5層構造とすることが望ましい。以上の電極構造の、イオンビーム軌道路をもつ電極板と2枚の上下の電極板との間に高周波を印加すれば、イオンビーム軌道路上に四重極成分が主成分である高周波電場が印加される。この電極構造は、高周波電場による荷電粒子の捕捉を行ったシュトラウベルによる電極配置に似る(H.Straubel:Die Naturwissenschaften誌 18巻, 506ページ, 1955年発刊)。ただし、この実験では、荷電粒子を円形の穴の中に捕捉するか、若しくは長穴の中に荷電粒子を並べて捕捉するのにとどまり、分岐の実施、そしてイオンビームの蓄積、分岐までには至っていない。
【0066】
ただし、以上の3層の電極群からなる単純な電極構造のみでは、イオンビーム軌道上に作られる高周波電場の四重極性が不完全である。そこで、イオンビーム軌道路に面する部分の電極を四重極構造に近づけて加工することにより四重極性を高めることが有効となる。
【0067】
また、電極群を金属平板から構成した場合、イオンビーム軌道に大きく影響を与えないイオンビーム軌道から離れた部分の電極は不要な静電容量として働く。これは高周波電源に不要な負担をかけるので、除去してしまうことが有効となる。
【0068】
以上のイオンビーム分岐路を四重極イオン蓄積リングの周上の一部分に作ることにより、数キロ電子ボルト以下のイオンビームの自在な注入、蓄積、加速、減速、出射が可能となる。さらに、これらの機能に加え、イオン源、質量分析手段、分子線との反応を起こさせるための手段、レーザ光線と相互作用させ、分光学的操作を行うための手段等を設けることにより、広範なイオン操作が可能となる。そこで、以下では、これらのイオン操作手段の特長を生かした産業応用分野と、それを実現するための必要な以上に列挙した手段の組み合わせ方法、操作方法を開示する。
【0069】
本発明の応用の1つは新物質の合成手段である。真空中に捕捉されたイオンは、真空中の残留分子ガスと衝突し、化学変化を起こす反応、すなわち、イオン−分子反応を起こすことが知られている。しかも、気体中、溶液中では不安定である物質も、真空中にイオンが捕捉されているため、長時間、安定に捕捉しておくことが出来る。この特長を生かして、溶媒中、ガス中では合成できない不安定物質を蓄積リングの中で生成することが可能となる。すなわち、原料となる物質の一つをイオンとして蓄積リングに蓄積し、このイオンを分子ガス、光、電子線等と相互作用させて目的とする物質を生成する。分子ガスは、蓄積リングを置く雰囲気を希薄分子ガスとして、分子−イオン反応を容易に起こさせることもできる。また、蓄積リングに蓄積されたイオンビームをイオンビーム軌道上に入射した分子線と相互作用させて、イオン−分子反応を起こさせる。とくに、イオンビームと分子線の相対運動エネルギーを変数とすることにより、同じイオン、分子種でも異なった反応を起こさせ、異なった構造を持つイオンを生成することが出来るであろう。
【0070】
電子線、レーザ光束と反応させる場合は、それぞれを、イオン軌道上に入射すればよい。
【0071】
イオン蓄積リング内部でイオン−分子反応により新物質を生成する方法を実施するのに必要な、その装置構成と操作方法を示す。真空槽内部に、反応の親となるイオンを発生するイオン源と、イオン入射手段出射手段、質量分析手段を備えたイオン蓄積リングと、また作りたい物質に応じた分子種の、分子線発生装置、もしくは分子ガス導入装置のうちの1つ若しくは複数を設置する。このうち、質量分析手段としては従来より広く用いられているQマスフィルタ−の原理を用いる。Qマスフィルターは四重極イオン蓄積リングと同じ四重極構造からなり、適当な振幅の高周波四重極電圧に加え、適当な電圧値の直流四重極電圧を重畳して印加することにより、特定の質量電荷比のイオンのみを通過させる動作、すなわち質量分析動作をする。そこで、蓄積リングの一部分をQマスフィルタ動作をさせることが容易である。
【0072】
つづいて、以上の装置を用いて、新物質を合成する手続きを示す。親イオンをイオン源で発生させる。そしてこのイオンを加速して、イオン入射手段からイオン蓄積リングに導き入れる。このとき、蓄積されたイオンには目的とする親イオン以外の不純物イオンが含まれていることが普通である。そこで、Qマスフィルターとして動作させる蓄積リングの一部分を親イオンの電荷質量比を持つイオンのみを安定に通過させる条件に設定して、不要イオンを蓄積リングから排斥し、親イオンの純度を高める。その後に、分子線若しくは分子ガス雰囲気と相互作用させ、新物質を生成する。生成後、質量分析部分を目的イオンだけ通過させるように設定し、質量分析し、目的とする物質の純度を高める。そして蓄積リングのイオン出射手段から取り出し、基板上に蓄積させて回収する。もしくは、次のイオンプロセスに導いて利用する。とくに、イオンビームプロセスとしての利用を想定した場合を以下にしめす。
【0073】
以上の発明で生成した物質のイオンビームを、より高いエネルギーのイオンビームに加速する従来型の加速器に導くことにより、新物質イオンの高エネルギーイオンビームとしての利用が可能となる。従来型加速器としては、RFQ加速器は電極構造が四重極であるので、接続が容易である。高エネルギーイオンビーム利用の分野は、おもに原子分子の性質を探る学術応用が想定される。
【0074】
一方、数キロ電子ボルト以下のイオンビームは産業利用として特に有用と考えられる。その従来より指摘されている応用分野例の一つは、物体へイオンを入射して、その物性を制御することである。これに加え、本発明で生成したイオンビームの新たな応用を提供する。
【0075】
第一に、本発明で作りだした特殊な性質を持つイオンを物質表面に照射し、物質表面の性質を制御することである。とくに、結合性の強いイオン、例えば、-CH3,-COOH,-CH2等の結合腕の1つが解放であるような官能基の分子イオンを物質表面に照射して、特定の部位に高い効率でイオンを位置制御して修飾することが考えられる。修飾物質としてのイオンを適当に選んだり、もしくは、一旦修飾した分子を化学処理により、目的とする分子に変化させることにより、たとえば、半導体プロセスで多用されるエッチング処理での微少なマスクとして用いることが可能となる。また同様の方法により、触媒となる分子を表面上の特定部位に位置制御して修飾して、触媒機能を持たせることが可能となる。
【0076】
第二に、本発明で作り出したイオンを物体内部に入射して、物質の性質を変化させることが出来る。この方法は、半導体プロセス等における物性制御に限らない。特にこの手法を生体に応用した場合、特定細胞、組織に特殊な分子を導入することにより、細胞、組織の生理状態を変化させることが出来るであろう。例えば、ガン細胞等に直接、反応性の高い分子を注入し、死滅させることも可能となる。
【0077】
【発明の実施の形態】
(実施例1)
本発明の直流電圧により遠心力を補償し、ビームの安定化を図る実施例としてMgイオンビームを蓄積する例を図5に示す。
【0078】
24Mgイオン:質量 m=24GeV/c2
図5に示す実施例では、リング電極2分の1だけを図示しているが、四重極リング電極11乃至14と高周波回路系41乃至48および直流電圧印加系25および49乃至52からなる。電極構造を与える2つのパラメータRおよびr0は以下の値である。
【0079】
以上の電極構造を低入力電力で大きな振幅の高周波電圧を印加するために、電極にコイル42を接続しコンデンサ45ないし48とでLC共振回路を構成する。共振状態で使うコイルとして良好な高周波特性を得るために透磁率の小さい高周波用トロイダルコア43(透磁率=10)を用い、これに導線を40回巻いたものを用いれば、LC回路の共振周波数Ωは数MHzとなる。この巻き線とは別にトロイダルコアに導線を一回巻きつけると、このコイル44が1次コイル、コイル42が2次コイルとなり、昇圧トランスとなる。この1次コイルにLC共振周波数に一致した高周波電力を高周波電源装置41から入力することにより高振幅高周波電場をつくることができる。この周波数においてパラメータqを0.5に取るためには、Vrf=212Vが必要である。以上より各種強収束のパラメータが計算される。
【0080】
安定パラメータ : q=0.5
高周波 : Vrf=212V、Ω/2π=3MHz
入力高周波電力 : 1W(実測値)
擬ポテンシャルの深さ : D=13.3V
永年運動周波数 : ω0=530kHz
である。
【0081】
遠心力を補償する直流電圧を印加するための回路は以下のように実施する。すなわち共振状態にある蓄積リング電極は共鳴周波数において高インピーダンスになっている。実際に共鳴周波数におけるインピーダンスは100kΩ程度となる。そこで直流電圧を印加するには、接地に対し十分高いインピーダンスをもつ結線手段で結線する必要があり、本実施例では実施の容易さから高インピーダンスの抵抗器49乃至52を挿入した。そして、電極間の直流電圧の導通を避けるためコンデンサ45乃至48を挿入した。このコンデンサは共振回路のためのコンデンサでもある。
【0082】
以上のパラメータを持ったイオン蓄積リングにイオンビームを蓄積し、遠心力を補償しない時は、蓄積可能なイオンビームのエネルギーは(数17)より、以下のように計算される。
【0083】
最大蓄積可能エネルギー : Es(max)=133eV
最大標準角周波数 : ωs(max)/2π=83.8kHz
そして、横振動のエネルギーKは(数8)で、rs=r0と置いた値となるので
横振動のエネルギー : K=D=13.3eV
である。
【0084】
一方直流電圧で遠心力を補償すると、(数18)より、最大蓄積可能エネルギーは以下のように計算される。
【0085】
直流電圧値:Vcomp=260V
最大蓄積可能エネルギー : Es(max)=5.3keV
最大標準角周波数 : ωs(max)/2π=ω/2π=530kHz
である。
【0086】
このように、直流電圧で遠心力を補償することにより、蓄積可能な最大エネルギーを大幅に増大することができる。
【0087】
(実施例2)
実施例2では加速空洞によって加速機構を実現したイオン蓄積リングの実施例を図6に示す。
【0088】
図6に示した本実施例では円形リング電極を円弧形状の2つの部分61、62および65、66に分割し、その分割部分の片側に先に図4に示した構造を持つ加速手段69乃至72、一方の分割部分にこの加速手段と同じ長さを持つ線形四重極電極73、74を挿入している。そして、円弧形状電極と線形四重極電極部分はコンデンサ77及び78を用いて直流的に絶縁しておく。電極の構造と大きさは実施例1のリング電極を2分割したものとする。さらに駆動高周波の振幅及び周波数は実施例1と同じとする。このとき加速空洞電極の長さbは(数14)におけるパラメータnを0、パラメータhを10とすると、21mmとなる。
【0089】
以上の電極構造を駆動する電気回路を図6に併記した。まず、2つの円弧型四重極電極と線形四重極電極には同位相の高周波を印加し、強集束作用をもたせる。そのとき、実施例1と同様に四重極電極にトランス79を結合し、LC共振させて高周波振幅を増幅する。高周波電力は高周波電源80により発生する。高周波四重極電極の対角位置にある2組の電極への高周波の印加方法は同振幅逆位相とし、電極中心部分の高周波電位を接地電位とする。そのためのトランス79の2次側コイルの中心を接地する。さらに2つの円弧四重極電極部分にはイオンビーム軌道を四重極中心に固定するための遠心力を補償する直流電圧印加手段81乃至84を設ける。内側電極に接地に対し負電圧、外側電極には接地に対し正電圧を印加し、電極中央部で直流電位が接地となるように2つの電源を接続する。さらにトランス79を介した直流的導通を避けるためにコンデンサー85および86を挿入する。そして加速空洞電極には周波数掃引可能な交流電源72を接続する。
【0090】
この実施例の場合の蓄積可能最大イオンビームエネルギーは実施例1と一致し、Es(max)=5.3keVであるので、加速空洞電極に印加する最大交流電圧振動数は(数15)よりfacc(max)=4.7MHzとなる。
【0091】
(実施例3)
図7は、電極を複数に分断し、分割された部分に加速電圧を印加する実施例である。
【0092】
分割されたリング電極の2つの部分の間にコイル102、及び103を接続する。このコイルはトランス104の2次側コイルである。1次側コイル105から加速交流電圧を印加する。そして強収束用高周波電場が分割された2つの部分に同じ条件で印加させるように、高周波電場は2つの2次側コイル102及び103の中心に対し印加する。
【0093】
99及び100は遠心力を補償するための直流電圧印加回路である。加速交流電圧を発生する交流電源106の周波数によりイオンの回転速度がきまる。よって(数9)から直流電圧の値が計算されるので、その電圧を印加する。
【0094】
(実施例4)
本実施例は1つのイオンビーム経路を2つのビーム経路に任意に分岐する方法と2つのイオンビーム経路を1つのビーム経路に合流させる方法に関する。その電極構造を図8から図10に示した。図8は電極構造の見取り図、図9はイオンビーム分岐路としての実施例、図10はイオンビーム合流路としての実施例である。以下では、正電荷を持つイオンビームを分岐する場合を考える。負電荷を持つイオンビームを分岐する場合は、直流電源の極性を変換するだけである。
【0095】
はじめにイオン分岐路の実施例から説明する。
【0096】
イオンの通過路を153〜158の様に形成し、このイオン通過路を図8のように、上下から2つの電極151、152で挟む。イオン軌道に面する部分は、通過路内部に出来るだけ理想的な四重極電場が形成されるように図8のような四重極構造に近い電極構造とすることが望ましい。これらの電極構造に、高周波電源159を用いて、上下の電極151、152と挟まれた電極153から157との間にイオンビームを集束する条件を満たす高周波電圧を印加する。その条件は実施例1から3に示したイオン蓄積リングの場合と同様である。そして、電極164には直流電圧を印加する。それは、実施例1に示したように、イオンビームの軌道を電極軸の中央に位置させるためである。その電圧値は、実施例1に示した通りである。
【0097】
電極157は直流的に絶縁されている。ここには直流電圧を印加するための直流電源161を接続する。このとき、電源と電極は必要に応じて高インピーダンスの結線手段160を介して結線する。
【0098】
イオンビームの分岐路の選択は、電極157に電源161により発生させた直流電圧を重畳することにより行う。実線でしめした直進方向の分岐路へイオンビームを導く場合は0〜負の電圧を印加することにより、慣性でイオンビームを直進分岐路に導くか、もしくはイオンビームを電極157側で引きつける。破線で示した分岐路へイオンビームを導く場合は正の電圧を印加することによりイオンビームを電極157側と反対側へ反発させ、破線で示した分岐路へ導く。
【0099】
一方、図10は、イオンビームを合流させるイオンビーム路の実施例である。
【0100】
イオンビームを合流させる場合は、直流電源および電極166を分断することは必要としない。なぜなら、イオンビームの持つ慣性によりイオンビームの軌跡は一意的に決定されるからである。
【0101】
(実施例5)
本実施例は、イオン蓄積リングをイオン−分子反応装置として用いる実施例である。装置はイオン源171、イオン入射路、イオン出射路として用いる2つの分岐を備え、さらにQマスフィルタ機能172、173を備えたイオン蓄積リング、分子線発生装置174からなる。
【0102】
本実施例を示す図11では、イオン蓄積リングをイオンビームの軌道面での断面を見ている。本実施例のイオン蓄積リングは、1つのイオン入射路と1つイオン出射路を備えている。両者はそれぞれ、実施例4に示したイオンビームを合成される場合とイオンビームを分岐する場合に対応する。そこで、イオン出射路には、イオンビームの軌道を制御するための直流電圧を印加する機構175、176を有する。イオン蓄積リングの曲率を持つ部分には、イオンビーム軌道を電極軸に一致させるための直流電圧を重畳して印加する。
【0103】
さらに、本実施例のイオン蓄積リングはQマスフィルタと同じ原理の質量分析機能を備えている。質量分析部分172の高周波電圧、直流電圧値は任意に印加することが出来るようにする。可変電圧電源173は質量分析のための直流電源を示している。
【0104】
イオン源は、イオン−分子反応における親となるイオンを生成する装置である。ここで発生させたイオンを加速してイオン蓄積リングに注入できる機能を持つ。分子線源174は、イオン−分子反応に於ける親分子を生成する装置である。分子線を発生し、その出止を制御する機能を持つ。
【0105】
続いて、以上のイオン−分子反応装置の操作方法を示す。以下の操作方法は正イオンの場合である。負イオンの場合もイオン出射電圧の極性を反転させるだけで簡単に応用することが出来る。
【0106】
はじめにイオン源で発生したイオンをイオン蓄積リングに蓄積する。このとき、イオン出射電源の出力電圧は正とし、イオンビームが周回運動する様に設定する。そして、質量分析部の直流電圧は0Vとし、イオンを安定に捕捉できる様にしておく。この状態で、イオン源で発生したイオンをリングに注入し、必要量を蓄積する。
【0107】
つづいて、必要に応じて親イオンの純度を高める。すなわち、Qマスフィルター部分の動作電圧を、親イオンのみ通過出来る値とし、他のイオンは除去する。不要イオンの除去が終了したら、Qマスフィルター部分の動作電圧を元に戻し、安定にイオンを捕捉する。
【0108】
つづいて、分子線をイオンビーム軌道上に入射し、分子−イオン反応を起こさせる。十分に反応させた後、分子線を停止する。
【0109】
つづいて、生成された目的イオンの純度を高めるために、再度、Qマスフィルター部分を動作させる。その動作電圧は、目的イオンを通過させ、他の不要イオンを除去できるように設定する。
【0110】
以上の手続きの後、イオン出射電源の電源を0、若しくは負に切り替えて、イオンをイオンビーム出射路から取り出し、利用する。
【0111】
利用方法は、基板上に目的物質を析出させて回収したり、他の加速手段に連結してより高いエネルギーのイオンビームとして利用したり、若しくは、他のイオンプロセスに利用したりする。
【0112】
【発明の効果】
本発明によれば、1キロ電子ボルト程度及びこれより低いレベルのイオンビームを安定に蓄積すること、加速減速等の操作をすることが出来る。これにより、今までは利用できなかった、キロ電子ボルト以下のイオンビームを用いた分光分析、イオンビームのレーザ冷却等が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】高周波電場による強集束の原理を説明するための変数を定義した図。
【図2】高周波四重極イオン蓄積リングの中で周回運動するイオンを記述する変数の定義を記載した図。
【図3】高周波四重極イオン蓄積リングの中で周回運動するイオンを記述する変数の定義を記載した図。
【図4】本発明の加速空洞の構造を示した図。
【図5】遠心力を補償した高周波四重極イオン蓄積リングの一実施例を示した図。
【図6】加速手段として加速空洞を備えた高周波四重極イオン蓄積リングの一実施例を示した図。
【図7】電極を分割することによる加速機能を備えた高周波四重極イオン蓄積リングの一実施例を示した図。
【図8】本発明のイオン分岐の電極構造を示した図。
【図9】イオン分岐に印加する分岐電圧の印加方法を示した図。
【図10】イオン合流の概念を示した図。
【図11】本発明のイオン分子反応装置の概念を示した図。
【符号の説明】
11、12、13、14…四重極リング電極、15…高周波電源、21…標準軌道を運動するイオン、25…可変直流電源、26、27…高インピーダンス結線手段(高抵抗)、28…標準軌道を運動するイオン、29…標準軌道からずれて運動をするイオン、30、31…平板電極、22…加速空洞電極、33…加速交流電源、41…高周波電源装置、42…2次コイル、43…トロイダルトランスコア、44…1次コイル、45〜48…コンデンサ、49〜52…高インピーダンス結線手段、61〜68…四重極リング電極、69〜72…加速空洞による加速手段、73〜76…線形四重極電極、77、78…コンデンサ、79…トランス、80…高周波電源装置、81〜84…直流電圧印加手段、91、92、93、94…分割された四重極リング電極部分1、95、96、97、98…分割された四重極リング電極部分2、99、100…直流電圧印加回路、101…高周波電源、102、103…加速交流トランス2次コイル、104…トランスコア、105加速交流トランス1次コイル、106…加速交流電源、150〜158…イオン分岐を構成する電極、159…イオン集束用高周波電源、160…高インピーダンス結線手段、161…直流電源、162…イオン分岐制御スイッチ、171…イオン源、172…Qマス質量分析部分電極、173…Qマス質量分析部分駆動直流電源、174…分子線源、175…イオン分岐部分電極、176…イオン分岐制御電源。
【発明の属する技術分野】
本発明は1キロ電子ボルト程度またはこれより低レベルの低速イオンビーム蓄積装置に関し、低速イオンビームを周回軌道上に安定に蓄積する高周波四重極イオン蓄積リングと、イオンビームを注入し、取り出す手段と、蓄積されたイオンビームを加速及び減速する手段からなり、原子、分子の物理現象の解明手段、分光分析の手段、そしてレーザ冷却等のイオンビーム操作応用、物体へのイオンビーム注入に有効である。さらに、質量分析手段、イオン分子反応を発生させる手段を併設することにより新物質の生成手段としても有効である。
【0002】
【従来の技術】
イオン蓄積リングは、素粒子物理学、原子核物理学に用いられる高エネルギー粒子を得るための加速器として発展してきた歴史的背景により、メガ電子ボルト以上の粒子を蓄積する目的で建設されてきた。ビーム軌道を一定に保つ現実的要請から現在ではシンクロトロン加速機能を持った磁場による強収束蓄積リングが主流となっている。
【0003】
しかし近年、低エネルギー現象である原子、分子の物理現象の解明手段として、数十メガ電子ボルト以下の蓄積されたイオンビームが求められるようになってきた。その実現方法としては、現在実際に建設されている蓄積リングは従来の高エネルギー加速器で用いられていた磁場による蓄積方法を用いた蓄積リングである。(例えば、M.Larssonら著: Physical Review Letter Vol.70 Page 430(1993))。しかしこの方式のイオン蓄積リングは、安定で再現性のある弱磁場を得ることの困難さから、蓄積可能なイオンビームの下限は数キロ電子ボルト程度となっている。
【0004】
これに対し、1キロ電子ボルト程度またはこれより低レベルの低速イオンビームを蓄積する手段として、高周波四重極電場による集束力を用い、イオンを蓄積する方法が提案されている。その電極構造は図1に示すように4つのリング電極11乃至14を組み合わせ、その断面は四極子構造をしている。この電極に電極11及び14、電極12及び13がそれぞれ同電位になるように結線して、これらの間に、高周波電源装置15により角周波数Ω、振幅2Vrfの高周波電圧を印加し、電極内部に四重極電場を形成する。このときΩとVrfを以下のように選ぶと、高周波四重極電場によりイオンはr=0で表される円軌道上に強集束され、リング内部に蓄積される。以下の計算ではmおよびQはそれぞれイオンの質量と電荷、VrfとΩはそれぞれ高周波電圧の振幅と角周波数、2r0は電極間距離を表す。簡単のため電極の曲率を無視すると、この強集束作用は(数1)で表される安定パラメータqがq<0.91を満たすときにイオンは四重極中心に向けて強集束される。
【0005】
【数1】
【0006】
この強集束効果は(数2)、(数3)で与えられる調和ポテンシャルとして記述できる。
【0007】
【数2】
【0008】
【数3】
【0009】
このポテンシャルは一般に擬ポテンシャルと呼ばれ、Dは擬ポテンシャルの深さを与える。また擬ポテンシャルによるイオンの調和振動を永年運動と呼び、その周波数ω0は(数4)で与えられる。
【0010】
【数4】
【0011】
以上で示した高周波四重極蓄積リングの従来例は、陽子の反粒子である反陽子を蓄積するために作られた高周波四重極イオン蓄積リングである(例えば、B.I.Deutchら著:Physica Scripta T22巻 248頁(1988年発行))。この従来例では2.5キロ電子ボルトの運動エネルギーを持つ反陽子ビームを蓄積することを目指している。リング電極へのイオンビームの注入はイオンビームがリング電極内を通過しているときに、高周波電場を印加しはじめることにより、イオンビームを捕捉することが提案されている。
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
上記従来例のアイデアには、以下の2つの点が工業的な意味で問題になりうる。第一はイオンビームを注入するための高周波電源である。イオンビームがリング電極内を通過している最中に高周波を印加することになるので、高周波印加回路には通過時間程度で立ち上がる高速性が要求される。そのためには高周波回路系のインピーダンスを下げ、さらにこの低いインピーダンスの回路系を駆動できる大電力容量の高周波電源装置が必要となる。本論文では51MHz、2.6kVの高周波電圧を1000ナノ秒の間に印加する必要があるとし、そのための2KWの高周波電源を用いている。しかしイオンを注入する為だけにこのような大電力高周波電源を用いることは効率的ではない。
【0013】
第二に周回運動するイオンビームの平均軌道が遠心力により擬ポテンシャルの底から外周側に変移することにより発生する不具合である。本論文では遠心力と擬ポテンシャルによる向心力が釣り合う位置がイオンの標準軌道となる。この位置はイオンビームのエネルギーが増大するにつれて外側に移動する。その様子を計算により図2に示す。
【0014】
電極の半径をRとし、標準イオン21の運動エネルギーをEs、標準速度をvs、半径Rからの標準軌道半径の拡張量をrs、そして標準角周波数をωsとする。ωsの定義式は(数5)であり、イオンの遠心力と擬ポテンシャルによる力の釣り合い条件は(数6)で与えられる。
【0015】
【数5】
【0016】
【数6】
【0017】
(数5)(数6)より遠心力が作用するときの軌道半径R+rsが決まる。すなわち遠心力による標準軌道の拡張量rsは(数7)で与えられる。
【0018】
【数7】
【0019】
このrsの位置で、イオンビームは強い高周波電場を常に受けることになり、高周波振動数と同振動数で振動を始める。この振動はマイクロ運動と呼ばれる。すなわちイオンに外乱が働き、イオンビームの安定性をみだすことになる。そのときのエネルギーはrsでの擬ポテンシャルの大きさに等しい。すなわち(数7)で与えられるrsを用いてイオンビームの横方向の振動エネルギーKは(数8)で与えられる。
【0020】
【数8】
【0021】
そこで、本発明の第一の課題は、高周波電場の外乱を受けずにイオンビームを安定に蓄積する四重極イオン蓄積リングを提供することにある。そして、第二の課題は、大電力高周波電源の必要性を回避した四重極イオン蓄積リングを提供することである。そして、第三の課題は、このイオンビームを産業として利用する応用分野、そしてその方法を提供することである。
【0022】
【課題を解決するための手段】
第一の課題を解決するための示唆をI.Wakiら著:Physical Review Letters 68巻 2007頁(1992年発行)が与えてくれる。すなわちこの論文では、蓄積リング内で発生させたほとんど静止させたイオンを1時間程度蓄積し、さらにこれらのイオンをレーザ冷却することにより、イオンがお互いにクーロン力で反発し合うために生成される配列状態を観察している。この現象はイオンの熱運動を増長するような外乱が大きい場合には実現されない。すなわち、この論文は、イオンが位置する擬ポテンシャルの底ではイオンへの外乱がきわめて小さいことを示している。
【0023】
つまり、本発明の第一の課題を解決するにはイオンビームの軌道を擬ポテンシャルの底に位置するようにすれば、高周波電場はイオンビームの集束作用のみ関与し、イオンビームに振動を与えるような悪影響をなくすことが出来る。そのために従来技術では擬ポテンシャルが担っていたイオンビームの向心力を、本発明では別の手段によって与える。
【0024】
本発明では、図3の説明図に示すように、これをイオン蓄積リングを構成する電極のうち内側電極11と外側電極12との間に直流電圧を重畳する手段を設けることによって向心力を与える。25は可変直流電源、26および27は蓄積リング電極と可変直流電源を結ぶ高インピーダンス結線手段を表す。この直流電圧は、イオンビームに電極の内向きの力を与える。そこで遠心力補償直流電圧値Vcompをイオンビームのエネルギーに応じて、イオンビームの受ける遠心力を補償しイオンビームの平均軌道を擬ポテンシャルの底に位置するように調整する。直流電圧は電極中心部分で一様に印加されるものと近似し、電極中心部分での電場勾配を(Vcomp/a)と定義する。そしてイオンビームの遠心力を直流電圧による力が打ち消す条件より、(数9)が導かれる。
【0025】
【数9】
【0026】
以上の手段によりイオン28は図3に示す中心軌道上を運動する場合、高周波電場を受けず、高周波電場による外乱を受けなくなる。そして平均軌道からΔrずれた軌道上を運動するイオン29のみ高周波電場を受け、強収束される。以上によりイオンビームの安定な周回運動を実現する。
【0027】
第二の課題を解決するために、高周波四重極イオン蓄積リングに加速、減速のビームエネルギー操作手段を提供する。これにより、蓄積リング内部で作られたイオンを任意のエネルギーに加速できる。この結果として、大電力高周波電源の必要性を回避する。
【0028】
これを実現する為の加速原理として、従来のシンクロトロン加速器と同様のシンクロトロン位相安定性原理を利用する。位相安定性の原理を用いた加速器の提案は、1945年にマクミランによってなされている(例えば、Physical Review 68巻143頁(1945年発行))。そしてその原理解説は各所に見られる(例えば、熊谷寛夫編:実験物理学講座:加速器 共立出版)。
【0029】
以下、本発明を実現する位相安定性の原理を適用した高周波四重極イオン蓄積リングの2つの考え方を説明する。
【0030】
第一はイオン蓄積リングを分割し、その部分に加速空洞を用いた加速手段を挿入することである。このための加速空洞を用いた加速手段を図4に示す。これは中央部に穴を有する二枚の平板電極30および31と加速空洞電極32からなる電極構造である。平板電極30、31を接地し、加速空洞電極32に加速交流電圧を交流電源33により印加する。これにより平板電極30、31と加速空洞との間隙に交流電場が発生する。イオンがこの2つの間隙を通過するときに、電場の向きにより加速、もしくは減速される。加速空洞電極内部は等電位なので、イオンは等速直線運動をする。この加速手段が動作するための条件はシンクロトロン位相安定性原理が与える。以下ではイオンの電荷は正であるとして議論を進める。なお、図4では、リング12、14についてのみ示したが、リング11、13についても、対向する位置にも同じように設けられる。
【0031】
はじめに一定の周波数の加速交流電圧を印加した場合にイオンが加速交流電圧を受けずに安定に等速回転する条件を求める。この為には2つの要件を満たす必要がある。すなわち第一に速度vで運動するイオン(以下、標準イオンと呼ぶ)が加速手段に入射したとき、2つの加速部分に印加されている加速電場の振幅が0であること、第二に、より早く到達したイオンは両間隙で減速され、逆に遅く到達したイオンは加速されるような電場が作り出されることである。そのためには標準イオンが加速空洞に入射したとき、加速交流電場の振幅は0であり、その前後では時間的に加速空洞電圧が正から負に移行している必要がある。そして加速手段から出射されるとき、標準イオンに対しては加速交流電場の振幅が0であり、その前後では時間的に加速空洞電圧は負から正に移行している必要がある。以上の条件は加速空洞の長さb,加速交流電場周波数facc、整数n(n>=0)を用いて(数10)で与えられる。
【0032】
【数10】
【0033】
さらに標準イオンがリング電極を周回して再度加速手段に到達したとき、再び加速交流電場の振幅は0である必要がある。そのための条件は(数11)で与えられる。
【0034】
【数11】
【0035】
以上の(数10)、(数11)から、電極構造に科せられる条件(数12)、およびイオンビームエネルギーと加速交流電場周波数の関係式(数13)が導出できる。
【0036】
【数12】
【0037】
【数13】
【0038】
そしてイオンを加速する場合は、加速交流電場の周波数を低周波から高周波側に掃引する。するとイオンは加速交流電場が0となる位相に対し常に遅れてやってくることになり、イオンは正の力を受け続けるので、加速されることになる。逆に加速交流電場を高周波から低周波側に掃引するとイオンは加速交流周波に対し常に進んでやってくることになり、イオンは負の力を受け続けて減速されることになる。これが本発明の高周波四重極蓄積リングの加速空洞による加速手段の原理である。
【0039】
本発明の加速減速の過程では、イオン軌道を一定に保つために、(数9)で与えられるような、イオンビームエネルギーに依存した可変直流電圧を印加する。
【0040】
さらにイオンビームを加速空洞と四重極電極の接合点でなめらかな運動をさせるために、高周波四重極部分のイオンビーム軌道上の電位を接地電位にする。そのために、高周波四重極電極の対角位置にある2組の電極への高周波の印加方法は同振幅逆位相とし、電極中心部分の高周波電位を接地電位とする。さらに内側電極に接地に対し負電圧、外側電極には接地に対し正電圧を印加し、電極中央部で直流電位が接地電位となるようにする。
【0041】
この加速空洞を用いた加速手段では、リング電極の半径が小さい場合に、加速空洞内でイオンが直進運動するため、イオンビームが円軌道上を運動するイオン蓄積リングとの結合が悪くなり、安定性を乱す結果となる。そこでリング電極を、合同な2つの円弧に分断し、その片方もしくは両方に加速空洞を挿入する。イオンを加速空洞の軸に沿って、入射および射出されることが可能となり、これより両者の結合を改善することが出来る。そして加速空洞の挿入しない分断部分には加速空洞と同じ長さの線形四極子電極を挿入する。2つに分断し、その一方に加速空洞を挿入し、他方に線形四極子電極を挿入した場合の、電極構造に科せられる条件及びイオンビームエネルギーと加速交流電場周波数の関係式はそれぞれ(数14)及び(数15)となる。
【0042】
【数14】
【0043】
【数15】
【0044】
加速減速機能を実現する第二の方式は、高周波四重極イオン蓄積リング電極を複数に分割し、その分割された間隙に交流電圧を印加することにより加速するという方法である。第一の加速空洞による加速手段では、リング電極とは大きく異なる形状の加速電極が挿入されたことにより、イオンへの摂動が大きくなるという欠点が考えられる。さらに、低エネルギーイオンビームには加速空洞部分ではイオンへの高周波による集束力が働かないので、その部分でイオンが失われる。これに対し本実施例は、電極の分割されている距離を十分小さくすることによりリング上すべての位置で連続した強収束効果を得ることが出来るという特徴がある。すなわちほぼ静止したイオンさえも蓄積することが可能となる。加速交流電圧は、分割された電極全体に印加する。するとイオンは分割された間隙で加速もしくは減速される。分割された電極内部ではイオンはこの交流電圧を受けないので周回運動する。電極を2つの合同な円弧に分割した場合の加速交流電圧周波数とイオンビームエネルギーの関係はシンクロトロン位相安定性の原理により、加速空洞を用いた加速原理の場合と同様の考察により、
【0045】
【数16】
【0046】
で与えられる。
【0047】
この場合、分割数を3カ所乃至それ以上にとることによりリング内部で生成したイオンを初速度ゼロの状態から加速できる。それは分割数を3カ所以上とし、各分割された電極に位相をずらした加速交流電圧を印加することにより、2つの分割数では不可能であった加速される方向を一意的に決めることが出来るからである。
【0048】
この結果、イオンをビームとして入射する必要が無くなり、高電力容量の高周波電源が不要になる。
【0049】
本実施例の分割した電極に加速交流電圧の印加するにあたって、高周波周波数での電極の接地に対するインピーダンスを下げないことが重要となる。そこで電極の分割部分に結線したトランスを通じて交流を印加する方法により接地に対する高いインピーダンスを確保する。
【0050】
以上の位相安定性の議論では、加速空洞とイオン周回軌道の長さの関係が厳密に規定されている。しかし、これをイオン蓄積リングの製作精度のみで達成することは、リング周長が短い本発明の場合、困難が予想される。これを回避する方法を以下に開示する。
【0051】
この困難は加速空洞長、もしくはイオン周回軌道長のどちらか一方が実効的に可変にできれば回避されるものである。本発明では、イオン軌道の一部分に直流電圧を印加することでイオン周回軌道長を実効的に可変とする。すなわち、正イオンを蓄積している場合、周回軌道上の一部分が他の部分に比べ正の静電位を持っていれば、この部分でのイオン速度は小さくなるので、イオンの周回時間は印加しない場合に比べ長くなる。逆に負静電位を持たせれば、この部分でのイオン速度は大きくなるので、イオンの周回時間は印加しない場合に比べ短くなる。以上のように、イオン軌道の一部分に直流電圧を印加することにより、イオンビーム軌道を実効的に微調整することが可能である。実施に際しては、加速空洞部分に直流電圧を重畳する方法、もしくは高周波四重極イオン蓄積リングの周回軌道に沿った一部分を切断して直流的に絶縁し、ここにイオン蓄積用高周波電圧に重畳して直流電圧を印加する。
【0052】
本発明を実施することにより、従来の磁場を用いていたイオン蓄積リング、および高周波四重極イオン蓄積リングでは不可能であったキロ電子ボルトより低レベルのイオンビームを安定に蓄積することが可能となる。
【0053】
さらに遠心力補償直流電圧を印加することにより、高周波電場で遠心力を補償していた従来方法より高いエネルギーのイオンビームを蓄積出来るようになる。以下にその様子を示す。従来技術では、イオンビームは、それが受ける遠心力と擬ポテンシャルによる力の釣り合いによって、周回運動をしているので、蓄積可能なイオンビームのエネルギーは擬ポテンシャルの深さDで制限されていた。すなわちrsがr0を越えるとイオンビームは電極に衝突し、失われることになるので、蓄積可能なイオンビームの最大エネルギーEs(max)は、(数7)を用いてrs(Es=Esmax)=r0より、(数17)となる。
【0054】
【数17】
【0055】
一方、本発明では、イオンビームの角周波数ωsが永年運動周波数ω0に一致するまで蓄積、加速できる。周回運動周波数が永年運動周波数に一致すると加速手段はイオンの進行方向と垂直方向の振動である永年運動にエネルギーを与えるようになり、イオンが共振し、不安定になり電極から失われることを意味する。そこで遠心力を直流電圧で補償した場合の蓄積可能上限エネルギーは(数18)となる。
【0056】
【数18】
【0057】
一般に(数18)は(数17)よりも大きい。つまり従来技術よりも高いエネルギーのイオンビームを蓄積できるようになる。
【0058】
また従来の高周波四重極イオン蓄積リングには備えていなかった加速手段を設けることによりそのビームをキロ電子ボルト以下の任意のエネルギーに加速減速させることが可能になる。
【0059】
さらに、加速手段を備えることにより、蓄積リング電極内部で発生させたイオンを加速することにより、イオンビームを蓄積リング内部で生成させることができる。そこで従来技術のようにイオンビームを注入するために高周波振幅を高速変化させる必要はない。つまりイオン蓄積のための高周波振幅を一定に保てばよいので、高周波回路系のインピーダンスを高くとり、低電力の高周波電源による駆動が可能となる。
【0060】
イオン入射に関連して高電力容量の高周波電源を不要とする別の方法は、四重極蓄積リングにイオンビーム入射のための専用イオンビーム入射路を設ける方法である。また同じ原理で、イオンビーム出射路を設けることもできる。まず、本発明のイオンビーム入射・出射路の電極構造と原理を示す。
【0061】
このイオン入射路・出射路を設けるための電極構造は、イオンビーム軌道に垂直な断面を見た場合、イオンビームの軌道が為す面上に、四重極電極の同相の高周波電圧が印加される2つの電極が位置するようにし、そしてイオンビームの軌道を上下から2つの電極で挟んだ形の四重極構造とする。そして、分岐部分では、少なくとも3つの線形四重極電極構造が交わる。その電極構造は、まず、イオンビームの軌道が為す面上に位置する電極の構造は、隣り合う2組のイオンビーム入出射路の4本の電極の内のイオン軌道を挟まずに隣り合う2つの電極を滑らかに接続する形状の電極とする。そして、イオンビームの軌道が為す面の両側に位置する電極の構造はそれぞれ、イオンビーム軌道に沿った形状の電極とする。分岐部分の電極は、イオンビーム入出射路の電極と一体として形成しても良いし、多数の電極の組み合わせとして形成しても良い。
【0062】
以上のイオンビーム軌道面に平行な三層構造を持つ電極構造の、両側の電極と、それらの挟まれた電極との間に高周波電圧を印加すると、イオン軌道部分に四重極高周波電場が作られ、軌道に沿ってイオンを集束する作用が生じる。
【0063】
イオンビームを分岐する場合、複数のイオンビーム出射路のうちの1つ任意に選択する機能が必要である。その機能は、分岐部分に直流電圧、もしくはパルス電圧を印加し、イオンビームの進行方向にほぼ垂直でイオン軌道面に平行な方向の力を印加し、イオンビーム出射路のうちの1つに導き入れるようにして実現する。そのためにイオンビーム軌道を含む平面上に位置する電極の分岐部分を2カ所で分断し、この部分を直流的に絶縁する。そしてこの部分に直流電圧を重畳して印加することにより、イオンビーム出射路選択を実現する。
【0064】
複数のイオンビーム路を一つのビーム路に合流させる場合は、複数のビーム入射路に対し、イオンビーム出射路の偏向方向が90度以内であれば、イオンビームの持つ慣性により自発的にイオンビーム出射路に向かうことになるので、直流電圧またはパルス電圧を印加する機能は必要としない。
【0065】
以上のイオンビーム分岐路を実現する方法の一つをしめす。まず、平板状金属板から、イオンビームの軌道路を抜き去る。軌道路の幅は金属板の厚さの約2倍程度とする。そしてこの電極板を、上下から2枚の別の金属板で三者が等距離になるように、そして上下の金属板の間隔が約軌道路の幅となるようにして、平行に設置する。各金属板の間に、平板状の絶縁物を挟んだ、5層構造とすることが望ましい。以上の電極構造の、イオンビーム軌道路をもつ電極板と2枚の上下の電極板との間に高周波を印加すれば、イオンビーム軌道路上に四重極成分が主成分である高周波電場が印加される。この電極構造は、高周波電場による荷電粒子の捕捉を行ったシュトラウベルによる電極配置に似る(H.Straubel:Die Naturwissenschaften誌 18巻, 506ページ, 1955年発刊)。ただし、この実験では、荷電粒子を円形の穴の中に捕捉するか、若しくは長穴の中に荷電粒子を並べて捕捉するのにとどまり、分岐の実施、そしてイオンビームの蓄積、分岐までには至っていない。
【0066】
ただし、以上の3層の電極群からなる単純な電極構造のみでは、イオンビーム軌道上に作られる高周波電場の四重極性が不完全である。そこで、イオンビーム軌道路に面する部分の電極を四重極構造に近づけて加工することにより四重極性を高めることが有効となる。
【0067】
また、電極群を金属平板から構成した場合、イオンビーム軌道に大きく影響を与えないイオンビーム軌道から離れた部分の電極は不要な静電容量として働く。これは高周波電源に不要な負担をかけるので、除去してしまうことが有効となる。
【0068】
以上のイオンビーム分岐路を四重極イオン蓄積リングの周上の一部分に作ることにより、数キロ電子ボルト以下のイオンビームの自在な注入、蓄積、加速、減速、出射が可能となる。さらに、これらの機能に加え、イオン源、質量分析手段、分子線との反応を起こさせるための手段、レーザ光線と相互作用させ、分光学的操作を行うための手段等を設けることにより、広範なイオン操作が可能となる。そこで、以下では、これらのイオン操作手段の特長を生かした産業応用分野と、それを実現するための必要な以上に列挙した手段の組み合わせ方法、操作方法を開示する。
【0069】
本発明の応用の1つは新物質の合成手段である。真空中に捕捉されたイオンは、真空中の残留分子ガスと衝突し、化学変化を起こす反応、すなわち、イオン−分子反応を起こすことが知られている。しかも、気体中、溶液中では不安定である物質も、真空中にイオンが捕捉されているため、長時間、安定に捕捉しておくことが出来る。この特長を生かして、溶媒中、ガス中では合成できない不安定物質を蓄積リングの中で生成することが可能となる。すなわち、原料となる物質の一つをイオンとして蓄積リングに蓄積し、このイオンを分子ガス、光、電子線等と相互作用させて目的とする物質を生成する。分子ガスは、蓄積リングを置く雰囲気を希薄分子ガスとして、分子−イオン反応を容易に起こさせることもできる。また、蓄積リングに蓄積されたイオンビームをイオンビーム軌道上に入射した分子線と相互作用させて、イオン−分子反応を起こさせる。とくに、イオンビームと分子線の相対運動エネルギーを変数とすることにより、同じイオン、分子種でも異なった反応を起こさせ、異なった構造を持つイオンを生成することが出来るであろう。
【0070】
電子線、レーザ光束と反応させる場合は、それぞれを、イオン軌道上に入射すればよい。
【0071】
イオン蓄積リング内部でイオン−分子反応により新物質を生成する方法を実施するのに必要な、その装置構成と操作方法を示す。真空槽内部に、反応の親となるイオンを発生するイオン源と、イオン入射手段出射手段、質量分析手段を備えたイオン蓄積リングと、また作りたい物質に応じた分子種の、分子線発生装置、もしくは分子ガス導入装置のうちの1つ若しくは複数を設置する。このうち、質量分析手段としては従来より広く用いられているQマスフィルタ−の原理を用いる。Qマスフィルターは四重極イオン蓄積リングと同じ四重極構造からなり、適当な振幅の高周波四重極電圧に加え、適当な電圧値の直流四重極電圧を重畳して印加することにより、特定の質量電荷比のイオンのみを通過させる動作、すなわち質量分析動作をする。そこで、蓄積リングの一部分をQマスフィルタ動作をさせることが容易である。
【0072】
つづいて、以上の装置を用いて、新物質を合成する手続きを示す。親イオンをイオン源で発生させる。そしてこのイオンを加速して、イオン入射手段からイオン蓄積リングに導き入れる。このとき、蓄積されたイオンには目的とする親イオン以外の不純物イオンが含まれていることが普通である。そこで、Qマスフィルターとして動作させる蓄積リングの一部分を親イオンの電荷質量比を持つイオンのみを安定に通過させる条件に設定して、不要イオンを蓄積リングから排斥し、親イオンの純度を高める。その後に、分子線若しくは分子ガス雰囲気と相互作用させ、新物質を生成する。生成後、質量分析部分を目的イオンだけ通過させるように設定し、質量分析し、目的とする物質の純度を高める。そして蓄積リングのイオン出射手段から取り出し、基板上に蓄積させて回収する。もしくは、次のイオンプロセスに導いて利用する。とくに、イオンビームプロセスとしての利用を想定した場合を以下にしめす。
【0073】
以上の発明で生成した物質のイオンビームを、より高いエネルギーのイオンビームに加速する従来型の加速器に導くことにより、新物質イオンの高エネルギーイオンビームとしての利用が可能となる。従来型加速器としては、RFQ加速器は電極構造が四重極であるので、接続が容易である。高エネルギーイオンビーム利用の分野は、おもに原子分子の性質を探る学術応用が想定される。
【0074】
一方、数キロ電子ボルト以下のイオンビームは産業利用として特に有用と考えられる。その従来より指摘されている応用分野例の一つは、物体へイオンを入射して、その物性を制御することである。これに加え、本発明で生成したイオンビームの新たな応用を提供する。
【0075】
第一に、本発明で作りだした特殊な性質を持つイオンを物質表面に照射し、物質表面の性質を制御することである。とくに、結合性の強いイオン、例えば、-CH3,-COOH,-CH2等の結合腕の1つが解放であるような官能基の分子イオンを物質表面に照射して、特定の部位に高い効率でイオンを位置制御して修飾することが考えられる。修飾物質としてのイオンを適当に選んだり、もしくは、一旦修飾した分子を化学処理により、目的とする分子に変化させることにより、たとえば、半導体プロセスで多用されるエッチング処理での微少なマスクとして用いることが可能となる。また同様の方法により、触媒となる分子を表面上の特定部位に位置制御して修飾して、触媒機能を持たせることが可能となる。
【0076】
第二に、本発明で作り出したイオンを物体内部に入射して、物質の性質を変化させることが出来る。この方法は、半導体プロセス等における物性制御に限らない。特にこの手法を生体に応用した場合、特定細胞、組織に特殊な分子を導入することにより、細胞、組織の生理状態を変化させることが出来るであろう。例えば、ガン細胞等に直接、反応性の高い分子を注入し、死滅させることも可能となる。
【0077】
【発明の実施の形態】
(実施例1)
本発明の直流電圧により遠心力を補償し、ビームの安定化を図る実施例としてMgイオンビームを蓄積する例を図5に示す。
【0078】
24Mgイオン:質量 m=24GeV/c2
図5に示す実施例では、リング電極2分の1だけを図示しているが、四重極リング電極11乃至14と高周波回路系41乃至48および直流電圧印加系25および49乃至52からなる。電極構造を与える2つのパラメータRおよびr0は以下の値である。
【0079】
以上の電極構造を低入力電力で大きな振幅の高周波電圧を印加するために、電極にコイル42を接続しコンデンサ45ないし48とでLC共振回路を構成する。共振状態で使うコイルとして良好な高周波特性を得るために透磁率の小さい高周波用トロイダルコア43(透磁率=10)を用い、これに導線を40回巻いたものを用いれば、LC回路の共振周波数Ωは数MHzとなる。この巻き線とは別にトロイダルコアに導線を一回巻きつけると、このコイル44が1次コイル、コイル42が2次コイルとなり、昇圧トランスとなる。この1次コイルにLC共振周波数に一致した高周波電力を高周波電源装置41から入力することにより高振幅高周波電場をつくることができる。この周波数においてパラメータqを0.5に取るためには、Vrf=212Vが必要である。以上より各種強収束のパラメータが計算される。
【0080】
安定パラメータ : q=0.5
高周波 : Vrf=212V、Ω/2π=3MHz
入力高周波電力 : 1W(実測値)
擬ポテンシャルの深さ : D=13.3V
永年運動周波数 : ω0=530kHz
である。
【0081】
遠心力を補償する直流電圧を印加するための回路は以下のように実施する。すなわち共振状態にある蓄積リング電極は共鳴周波数において高インピーダンスになっている。実際に共鳴周波数におけるインピーダンスは100kΩ程度となる。そこで直流電圧を印加するには、接地に対し十分高いインピーダンスをもつ結線手段で結線する必要があり、本実施例では実施の容易さから高インピーダンスの抵抗器49乃至52を挿入した。そして、電極間の直流電圧の導通を避けるためコンデンサ45乃至48を挿入した。このコンデンサは共振回路のためのコンデンサでもある。
【0082】
以上のパラメータを持ったイオン蓄積リングにイオンビームを蓄積し、遠心力を補償しない時は、蓄積可能なイオンビームのエネルギーは(数17)より、以下のように計算される。
【0083】
最大蓄積可能エネルギー : Es(max)=133eV
最大標準角周波数 : ωs(max)/2π=83.8kHz
そして、横振動のエネルギーKは(数8)で、rs=r0と置いた値となるので
横振動のエネルギー : K=D=13.3eV
である。
【0084】
一方直流電圧で遠心力を補償すると、(数18)より、最大蓄積可能エネルギーは以下のように計算される。
【0085】
直流電圧値:Vcomp=260V
最大蓄積可能エネルギー : Es(max)=5.3keV
最大標準角周波数 : ωs(max)/2π=ω/2π=530kHz
である。
【0086】
このように、直流電圧で遠心力を補償することにより、蓄積可能な最大エネルギーを大幅に増大することができる。
【0087】
(実施例2)
実施例2では加速空洞によって加速機構を実現したイオン蓄積リングの実施例を図6に示す。
【0088】
図6に示した本実施例では円形リング電極を円弧形状の2つの部分61、62および65、66に分割し、その分割部分の片側に先に図4に示した構造を持つ加速手段69乃至72、一方の分割部分にこの加速手段と同じ長さを持つ線形四重極電極73、74を挿入している。そして、円弧形状電極と線形四重極電極部分はコンデンサ77及び78を用いて直流的に絶縁しておく。電極の構造と大きさは実施例1のリング電極を2分割したものとする。さらに駆動高周波の振幅及び周波数は実施例1と同じとする。このとき加速空洞電極の長さbは(数14)におけるパラメータnを0、パラメータhを10とすると、21mmとなる。
【0089】
以上の電極構造を駆動する電気回路を図6に併記した。まず、2つの円弧型四重極電極と線形四重極電極には同位相の高周波を印加し、強集束作用をもたせる。そのとき、実施例1と同様に四重極電極にトランス79を結合し、LC共振させて高周波振幅を増幅する。高周波電力は高周波電源80により発生する。高周波四重極電極の対角位置にある2組の電極への高周波の印加方法は同振幅逆位相とし、電極中心部分の高周波電位を接地電位とする。そのためのトランス79の2次側コイルの中心を接地する。さらに2つの円弧四重極電極部分にはイオンビーム軌道を四重極中心に固定するための遠心力を補償する直流電圧印加手段81乃至84を設ける。内側電極に接地に対し負電圧、外側電極には接地に対し正電圧を印加し、電極中央部で直流電位が接地となるように2つの電源を接続する。さらにトランス79を介した直流的導通を避けるためにコンデンサー85および86を挿入する。そして加速空洞電極には周波数掃引可能な交流電源72を接続する。
【0090】
この実施例の場合の蓄積可能最大イオンビームエネルギーは実施例1と一致し、Es(max)=5.3keVであるので、加速空洞電極に印加する最大交流電圧振動数は(数15)よりfacc(max)=4.7MHzとなる。
【0091】
(実施例3)
図7は、電極を複数に分断し、分割された部分に加速電圧を印加する実施例である。
【0092】
分割されたリング電極の2つの部分の間にコイル102、及び103を接続する。このコイルはトランス104の2次側コイルである。1次側コイル105から加速交流電圧を印加する。そして強収束用高周波電場が分割された2つの部分に同じ条件で印加させるように、高周波電場は2つの2次側コイル102及び103の中心に対し印加する。
【0093】
99及び100は遠心力を補償するための直流電圧印加回路である。加速交流電圧を発生する交流電源106の周波数によりイオンの回転速度がきまる。よって(数9)から直流電圧の値が計算されるので、その電圧を印加する。
【0094】
(実施例4)
本実施例は1つのイオンビーム経路を2つのビーム経路に任意に分岐する方法と2つのイオンビーム経路を1つのビーム経路に合流させる方法に関する。その電極構造を図8から図10に示した。図8は電極構造の見取り図、図9はイオンビーム分岐路としての実施例、図10はイオンビーム合流路としての実施例である。以下では、正電荷を持つイオンビームを分岐する場合を考える。負電荷を持つイオンビームを分岐する場合は、直流電源の極性を変換するだけである。
【0095】
はじめにイオン分岐路の実施例から説明する。
【0096】
イオンの通過路を153〜158の様に形成し、このイオン通過路を図8のように、上下から2つの電極151、152で挟む。イオン軌道に面する部分は、通過路内部に出来るだけ理想的な四重極電場が形成されるように図8のような四重極構造に近い電極構造とすることが望ましい。これらの電極構造に、高周波電源159を用いて、上下の電極151、152と挟まれた電極153から157との間にイオンビームを集束する条件を満たす高周波電圧を印加する。その条件は実施例1から3に示したイオン蓄積リングの場合と同様である。そして、電極164には直流電圧を印加する。それは、実施例1に示したように、イオンビームの軌道を電極軸の中央に位置させるためである。その電圧値は、実施例1に示した通りである。
【0097】
電極157は直流的に絶縁されている。ここには直流電圧を印加するための直流電源161を接続する。このとき、電源と電極は必要に応じて高インピーダンスの結線手段160を介して結線する。
【0098】
イオンビームの分岐路の選択は、電極157に電源161により発生させた直流電圧を重畳することにより行う。実線でしめした直進方向の分岐路へイオンビームを導く場合は0〜負の電圧を印加することにより、慣性でイオンビームを直進分岐路に導くか、もしくはイオンビームを電極157側で引きつける。破線で示した分岐路へイオンビームを導く場合は正の電圧を印加することによりイオンビームを電極157側と反対側へ反発させ、破線で示した分岐路へ導く。
【0099】
一方、図10は、イオンビームを合流させるイオンビーム路の実施例である。
【0100】
イオンビームを合流させる場合は、直流電源および電極166を分断することは必要としない。なぜなら、イオンビームの持つ慣性によりイオンビームの軌跡は一意的に決定されるからである。
【0101】
(実施例5)
本実施例は、イオン蓄積リングをイオン−分子反応装置として用いる実施例である。装置はイオン源171、イオン入射路、イオン出射路として用いる2つの分岐を備え、さらにQマスフィルタ機能172、173を備えたイオン蓄積リング、分子線発生装置174からなる。
【0102】
本実施例を示す図11では、イオン蓄積リングをイオンビームの軌道面での断面を見ている。本実施例のイオン蓄積リングは、1つのイオン入射路と1つイオン出射路を備えている。両者はそれぞれ、実施例4に示したイオンビームを合成される場合とイオンビームを分岐する場合に対応する。そこで、イオン出射路には、イオンビームの軌道を制御するための直流電圧を印加する機構175、176を有する。イオン蓄積リングの曲率を持つ部分には、イオンビーム軌道を電極軸に一致させるための直流電圧を重畳して印加する。
【0103】
さらに、本実施例のイオン蓄積リングはQマスフィルタと同じ原理の質量分析機能を備えている。質量分析部分172の高周波電圧、直流電圧値は任意に印加することが出来るようにする。可変電圧電源173は質量分析のための直流電源を示している。
【0104】
イオン源は、イオン−分子反応における親となるイオンを生成する装置である。ここで発生させたイオンを加速してイオン蓄積リングに注入できる機能を持つ。分子線源174は、イオン−分子反応に於ける親分子を生成する装置である。分子線を発生し、その出止を制御する機能を持つ。
【0105】
続いて、以上のイオン−分子反応装置の操作方法を示す。以下の操作方法は正イオンの場合である。負イオンの場合もイオン出射電圧の極性を反転させるだけで簡単に応用することが出来る。
【0106】
はじめにイオン源で発生したイオンをイオン蓄積リングに蓄積する。このとき、イオン出射電源の出力電圧は正とし、イオンビームが周回運動する様に設定する。そして、質量分析部の直流電圧は0Vとし、イオンを安定に捕捉できる様にしておく。この状態で、イオン源で発生したイオンをリングに注入し、必要量を蓄積する。
【0107】
つづいて、必要に応じて親イオンの純度を高める。すなわち、Qマスフィルター部分の動作電圧を、親イオンのみ通過出来る値とし、他のイオンは除去する。不要イオンの除去が終了したら、Qマスフィルター部分の動作電圧を元に戻し、安定にイオンを捕捉する。
【0108】
つづいて、分子線をイオンビーム軌道上に入射し、分子−イオン反応を起こさせる。十分に反応させた後、分子線を停止する。
【0109】
つづいて、生成された目的イオンの純度を高めるために、再度、Qマスフィルター部分を動作させる。その動作電圧は、目的イオンを通過させ、他の不要イオンを除去できるように設定する。
【0110】
以上の手続きの後、イオン出射電源の電源を0、若しくは負に切り替えて、イオンをイオンビーム出射路から取り出し、利用する。
【0111】
利用方法は、基板上に目的物質を析出させて回収したり、他の加速手段に連結してより高いエネルギーのイオンビームとして利用したり、若しくは、他のイオンプロセスに利用したりする。
【0112】
【発明の効果】
本発明によれば、1キロ電子ボルト程度及びこれより低いレベルのイオンビームを安定に蓄積すること、加速減速等の操作をすることが出来る。これにより、今までは利用できなかった、キロ電子ボルト以下のイオンビームを用いた分光分析、イオンビームのレーザ冷却等が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】高周波電場による強集束の原理を説明するための変数を定義した図。
【図2】高周波四重極イオン蓄積リングの中で周回運動するイオンを記述する変数の定義を記載した図。
【図3】高周波四重極イオン蓄積リングの中で周回運動するイオンを記述する変数の定義を記載した図。
【図4】本発明の加速空洞の構造を示した図。
【図5】遠心力を補償した高周波四重極イオン蓄積リングの一実施例を示した図。
【図6】加速手段として加速空洞を備えた高周波四重極イオン蓄積リングの一実施例を示した図。
【図7】電極を分割することによる加速機能を備えた高周波四重極イオン蓄積リングの一実施例を示した図。
【図8】本発明のイオン分岐の電極構造を示した図。
【図9】イオン分岐に印加する分岐電圧の印加方法を示した図。
【図10】イオン合流の概念を示した図。
【図11】本発明のイオン分子反応装置の概念を示した図。
【符号の説明】
11、12、13、14…四重極リング電極、15…高周波電源、21…標準軌道を運動するイオン、25…可変直流電源、26、27…高インピーダンス結線手段(高抵抗)、28…標準軌道を運動するイオン、29…標準軌道からずれて運動をするイオン、30、31…平板電極、22…加速空洞電極、33…加速交流電源、41…高周波電源装置、42…2次コイル、43…トロイダルトランスコア、44…1次コイル、45〜48…コンデンサ、49〜52…高インピーダンス結線手段、61〜68…四重極リング電極、69〜72…加速空洞による加速手段、73〜76…線形四重極電極、77、78…コンデンサ、79…トランス、80…高周波電源装置、81〜84…直流電圧印加手段、91、92、93、94…分割された四重極リング電極部分1、95、96、97、98…分割された四重極リング電極部分2、99、100…直流電圧印加回路、101…高周波電源、102、103…加速交流トランス2次コイル、104…トランスコア、105加速交流トランス1次コイル、106…加速交流電源、150〜158…イオン分岐を構成する電極、159…イオン集束用高周波電源、160…高インピーダンス結線手段、161…直流電源、162…イオン分岐制御スイッチ、171…イオン源、172…Qマス質量分析部分電極、173…Qマス質量分析部分駆動直流電源、174…分子線源、175…イオン分岐部分電極、176…イオン分岐制御電源。
Claims (5)
- 断面が四極子構造になるように組み合わせた4つのリング電極からなる電極構造を備え、電極内に四重極高周波電場が形成されるように高周波電圧を印加することにより、荷電粒子を電極の内部に蓄積する高周波四重極イオン蓄積リングにおいて、リング内を周回運動する荷電粒子線の平均軌道を一定に保つために、リング電極の内側リング電極と外側リング電極との間にイオンの遠心力を打ち消すような直流電圧を高インピーダンスの結線手段を介して重畳することを特徴とした高周波四重極イオン蓄積リング。
- 高周波四重極イオン蓄積リングにおいて、加速手段を備えたことを特徴とする請求項1記載の高周波四重極イオン蓄積リング。
- リング電極を一カ所乃至複数箇所で切り取り、そこに加速空洞による加速手段を挿入することで加速機能を実現した請求項2記載の高周波四重極イオン蓄積リング。
- リング電極をその直径線上で2つの部分に分断し、分断間隙の一方に加速空洞による加速手段、他方に上記加速手段とほぼ同じ長さを有する線形高周波四重極電極を挿入した請求項2記載の高周波四重極イオン蓄積リング。
- 四極子構造を形成する複数のリング電極と、該リング電極内に四重極高周波電場が形成されるように高周波電圧を印加する手段と、前記リング電極の内側リング電極と外側リング電極との間に直流電圧を印可する手段とを備えたことを特徴とする高周波四重極イオン蓄積リング。
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